2011年12月23日

『南京「百人斬り競争」虚構の証明』溝口郁夫著

    
    『南京「百人斬り競争」虚構の証明』
                (朱鳥社)
 


 坦々塾会員の溝口郁夫さんから次の本を送っていただいた。急いで読んで皆様にご紹介を…と思っていたら、さすが宮崎正弘先生。もうメルマガに書評が載っていた。

 私はまだ半分しか読んでいないので、宮崎先生の書評を載せさせていただき、(宮崎正弘の国際ニュース早読みから転載)後はのんびり読ませていただくことにします。

 いつものことですが、溝口さんの資料の収集能力と、地道な作業に頭が下がります。

            坦々塾事務局 大石

  ♪
野田毅著 溝口郁夫編
  『南京「百人斬り競争」虚構の証明』(朱鳥社)
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 南京虐殺の濡れ衣。野田毅少尉はあらぬ疑いをかけられ、証拠もないのに処刑された。いまとなっては誰もが百人斬りがなかったことを知っている。戦意を鼓舞せんとして当時の軽佻浮薄な記者らが競争してでっち上げた記事が一人歩きしただけである。

 その犠牲になった。
 南京大虐殺がシナとつるんだ外国人ジャーナリストらの創作、国民党宣伝部のでっち上げであった事実を、日本の現代人の多くは知っている。

 野田毅はビルマ独立の工作に挺身し、転戦した。かれは獄中にあって日記を残していた。
 編者の溝口氏は遺族をたずねて歩き、未完に終わった野田獄中記や遺書のコピィを入手してきた。

 向井敏明氏次女からも資料を得た。
 裁判記録も収集できた。
 資料あつめに奔走すること六年、ようやくにして、本書のような労作が完成した。
 これらは本来なら国家がおこなうべき事業である。外務省も総務省も、いったい何をしているのか。

 野田・向井の両少尉は熱血あふれる、愛国者であり誠実な人格の持ち主だった。
 野田少尉は獄中で遺書を残して冥界へ旅立った。
 「泣く思い しんしんと落つる 獄の雪」
 「南京の 月光降りて 雪青み」
 本書は涙なくしては読めない魂の記録でもある。冥界から、濡れ衣で処刑された人々の微笑みが見えるようだ。



posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 08:17| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月12日

西尾幹二先生の全集発刊に寄せて



孤軍奮闘の人$シ尾幹二先生の全集発刊に寄せて

        坦々塾会員  西 法太郎


 2011年10月 【西尾幹二全集】 全22巻の刊行が遂にスタートした。年4冊のペースだというから完結まで6年を要することになる。単行本に収められなかった御論攷(『批評』に発表した「大江健三郎の幻想風な自我」など)や未発表の原稿なども日の目を見るというから楽しみだ。  

 完結の暁には西尾幹二大星雲≠フ全貌が姿を顕すことになる。しかしこの大星雲は今なお膨張し続けており、完結までに成しゆく著作で巻数が増えることは想像にかたくない。
 この大事業が完成するまで西尾先生は意気軒昂でおられるだろうが版元が全集発刊の体力を保てるか不安である。それは版元の経営状態を云々するのではなく昨今の出版業界の不昧がこれから更に酷くなる厳しい状況が続くことが確実だからである。先行き不透明な現下、壮挙と呼べる本事業を引き受けた版元の心意気やよしである。

 学者としてスタートした先生はその後言論人としてひたすら我が道を突き進んできた。それは周りの状況をうかがって処世で動くことができない性格からそうなったとも言える。しかしそういう不器用さは善である。先生は周囲の空気を読むような言論空間にいないのだ。だからその辞書に「空気を読む」という言い回しはない。

 先生はあたかもヴェネチアが数百万本の杭をラグーナ(潟)にどんどん打ち込んで堅牢な海上都市を築いたように、「30歳から40歳ごろまで」「爆発といってもよいくらいの活動をして」「多産だった」時代に思想形成の強固な土台を築いた。
 あらゆるものを懐疑≠オてその基盤を踏み固めた。それがマグニチュード9の大震災、大津波に精神を動じさせることなく、原発被災以降の日本がそれまでと異なるフェイズに入ったと捉える透徹した視力をそなえさせたのだ。

 今から66年前、大日本国(おおやまとのくに)の民は世界初の原爆の熱炎を降り注がれる苛烈な災厄を蒙った。しかるのち生き残った民は大和魂を抜かれ、背骨を熔かされ、精神的軟体動物に成り果てて、哀れを止めぬありさまである。

 大和の神々は今回放射性物質で社稷を汚してしまった民草をもう守ってくれないのだろうか。神を懐うことをなおざりにした我々は守られるに値せず、御陵威は及ばず、消え行くしかないのだろうか。

 こんな大和の民が蘇生するには、神韻漂渺の世界を想い、先達のあまたの犠牲と困難克服の営みを顧み、今その上にみずからが存していることを感得することしかないのだろう、と思う。易いことではないが先生はこのことを感得している。

 先生を孤軍奮闘の人≠ニ呼んだのは長谷川三千子氏だが、先日都内で行われた≪東京電力・福島第一原子力発電所事故と原子力の行方≫というシンポジウムに登壇した先生はまさに孤軍奮闘の人≠セった。

 先生以外のパネリスト5名の内4名は長年原子力村に棲息してきた日本原子力技術協会・最高顧問、京都大学原子炉実験所・教授、九州大学副学長・教授、日本アイソトープ協会常務理事という肩書を持つ学者たちで、あと一人は原発推進に与する作家、つまり脱原発論者は先生ただ一人だった。

 司会は田原総一朗氏で、原発擁護派の学者にも突っ込んだ質問をしていたが、先生には「西尾さん、あんた頭がおかしいよ」と罵倒の言葉を投げる悪態をついていた。先生は聞こえない風をよそおいポーカーフェイスで受け流していた。

 先生は遠藤浩一氏との最近の対談で「私の書くものは研究でも評論でもなく、自己物語でした。・・・私≠ェ主題でないものはありません。私小説的な自我のあり方で生きてきたのかもしれません」と語った。

 学者の書く物には自分を虚しくすることが求められるが、言論人の役割は我らに自己をよく語り、我らをその精神に共鳴させることだと思う。その意味で先生はまごうかたなき言論人である。

 先生は百畳の部屋いっぱいに拡げた和紙にたっぷり墨汁を含ませた特大の筆を一気呵成に運ぶ大僧正のおもむきを持つ。その筆鋒は巨龍の口から噴きだされる炎のような迫力で数々の言説を描き出して来た。

 そのような先生の言説はどれも展開されたまま読み下して行けば、論旨がストンと胸の内に収まるものだ。先生自身の地頭で思考したことをズバズバ述べていて読む者を爽快、痛快な気分にする。

 だが独文学者として書かれたものや全集の核心になるという声がある『江戸のダイナミズム』 は扱っている主題が主題だけに読む者は相当の忍耐と集中力を強いられるだろう。そしてその苦行は必ず自分の知的覚醒となり、心の糧となるはずだ。(了)



posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 03:00| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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