2012年02月08日

西尾 幹二 全集第一巻 浅野正美






「ヨーロッパの個人主義」

西尾 幹二 全集第一巻 感想文 


坦々塾会員  浅野 正美     



 単行本にもなった二つの作品「ヨーロッパ像の転換」と「ヨーロッパの個人主義」に加え、掌篇がほぼ同量のボリュームで並び正味で600頁、単行本でほぼ4冊分という大著です。西尾先生のデビュー作となった初期二つの作品は以前に単行本でも読んでいますが、今回二作品を通して読むことでより一層味わい深い読書体験をすることができました。日本人はだれよりも日本人論が好きな国民だといわれています。その受け止め方も、誉められるとすぐに有頂天になり、けなされると落ち込んだり反省したりと腰が定まっていません。西尾先生は日本とヨーロッパを比較してそこに優劣をつけるのではなく、つねに人間の本質とは何かという原点を見据えて観察し、思考していきます。ものすごい観察力と好奇心、そして懐疑の精神で物事の本質を見透かしていきます。そうすると透視眼鏡かレントゲンで照射されたように、複雑な人間の深奥があぶり出されてきます。偽善や建前を一蹴し、そうしたきれい事を生み出す人間の精神をも暴き出してしまいます。

 二つの著作で紹介されている、主にドイツでの文化や生活習慣の中には、にわかには信じられないようなエピソードがふんだんに現れます。こうした差異にどんなに驚くとも、そこに優劣はなく、あるのは歩んできた歴史と守ってきた伝統の差異があるだけだということが、大変良く理解できました。

 ヨーロッパの個人主義といわれる一見ドライな生き方も、長く育んできたキリスト教信仰を抜きには考えられず、ただこれだけを接ぎ木して自立した一個の個人を日本人の内に打ち立てるなどということは到底不可能だということも良くわかりました。

 それにしても、西尾先生は精力的に各地を回り、克明に観察し、思考し、書き連ねていますが、そのバイタリティーには驚くばかりです。大都市や名だたる観光地ばかりでなく、ヨーロッパ各国の日本人がほとんど訪れることもないような田舎の町を訪ね、そこにある風土と人情をきめ細かくまるで解剖するかのように記述していきます。その姿勢は移動の電車でも変わらず、流れゆく車窓の眺めからそれぞれのお国振りが語られています。また夜も精力的に劇場に繰り出して、オペラ、音楽会、芝居を鑑賞しています。ホテルに戻るとその日の出来事や感じたことを日記にしたため、その一部は本書にも引用されていますが、この生の日記だけでも充分に読み応えのある読み物になっており、いつの日かこれだけを一冊の書物として刊行するに充分値するのではないかと思いました。

 特別に胸を打たれた文章として、次の文章を引用します。(ヨーロッパ像の転換 第六章 ミュンヘンの舞台芸術から)



 「過去は遠いところに、静止して存在しているのではなく、いまあるがままの現在の自分のなかにしか存在していないという動かせない事実なのである。つまり、過去が現在に生きていること、逆に言えば、現在が過去を支えていること、そういうことがすなわち文化創造の基本であり、文化が保守か革新かという政治原理に転落することを免れる唯一の生命発現の形式であろう。」



 全身に戦慄が走るようなすごい文章だと思います。西尾先生からは以前、「歴史は未来からやって来る」という言葉も聞きました。実証主義だけではわからない人間の営みとしての歴史に思いを馳せるとき、こうした根源的な思考がどれだけ価値を持つかということを改めて考えさせてくれるように思います。



 この第一巻後半部には、いくつかの掌篇としてヨーロッパ紀行文風のエッセイと、現代ドイツ文学界報告が収録されています。現代ドイツ文学界報告に関連して西尾先生はご自身のブログにこう書いています。

 「ところで19世紀のドイツの自己幻想は、今度は逆転して、第二次大戦後には反省と自虐にまみれた自己否定像となる。私が「ヒットラー後遺症」と名づけた戦後ドイツの悲惨な精神状況を現出させた。」

 ドイツにもそういったことがあったことを私はこの報告を読んで初めて知りました。そしてそこに展開されている西尾先生の激しい批判精神と鋭い筆法こそ、今も変わらない人間の弱さと本質を追究する眼差しの原点ではないかと思いました。同じブログの文章はこう続きます。

 「私は日本のドイツ文学界から次第に気持ちが離れていくが、敗戦国の文学を研究専攻した失敗に気がついたのは留学中のこの目立たぬ出来事に端を発する、と今思い出している。」

 数十名の教え子達の、万歳の声に見送られて旅立ったドイツ留学における主題ともいうべき文学研究を失敗と総括しているのです。敗戦から70年近くが過ぎた現在でも、ドイツでは未だに我が闘争の出版が認められず、リーフェンシュタールの意志の勝利も一般上映が禁止されているといいます。考えてみればこれは相当に病的な現象ではないかと思います。ナチスの党大会を収録したドキュメンタリー映画の傑作「意志の勝利」は、ドイツの古都ニュルンベルグで撮影されましたが、空襲で廃墟となったこの都市を古式騒然とした戦前とそっくりな姿に復元するために、石に化学薬品による処理を施して人工的に作ったということもこの本を読んで初めて知りました。何世代かの時が過ぎれば自然に風化するという、時間の持つ造型の力に抗ってまでも、徹底的に戦前の街並みを再現するという執念もまた、ナチスを生んだ精神に通底するのではないかといったら、きっとドイツ人は向きになって怒りを露わにするのでしょうか。私が新婚旅行の行き先にドイツとオーストリアを選んだのは、若い頃からただ一つの関心のある外国がドイツだったからという単純な理由でした。その短い旅程にニュルンベルグを入れたのは、意志の勝利の舞台にして、それ故に戦後のニュルンベルグ裁判が開かれることになったその場所をこの目で見てみたいという興味からでした。丘の上に立つお城から眺めたこの街の景色の美しさは、今も鮮やかに思い出すことができます。石畳の道を歩きながら、かつてこの同じ道をナチスの軍隊が一糸乱れず整然と行進していった様子を想像し、戦後はドイツの戦争犯罪人がこの街に集められたのだなと思うと、非常に感慨深いものがありました。

 別名おもちゃの町ともいわれるニュルンベルグには、町の広場にもたくさんの素朴なおもちゃを商うテントが出ていましたが、もちろん、ナチスを連想させるような土産物など何一つありませんでした。

 我が国では戦艦大和を記念する大和ミュージアムがあり、特攻隊の御霊も丁寧に祀られています。ドイツでは、第二次世界大戦の悲劇をナチスだけの責任に帰すことで精神の安定をはかろうとしたといわれています。長い間私は、戦後の日本が歩んできた反省と自虐の日々を、我が国だけの異常な精神活動だと考えていたのですが、ドイツもまた敗戦国として大きく傷つき精神を荒廃させていったことを知り、少なからず驚いています。我が国では世代が変わっても、教育とマスコミを通してこうした贖罪意識がさらに拡大再生産されているように思いますが、現在のドイツはどうなのでしょうか。ユーロ浮沈の鍵を握るヨーロッパのエースとして颯爽と振る舞っているように見えるのは、物事のほんの表面に過ぎないのでしょうか。



 10年以上前、真冬のモスクワに仕事で行ったことがありました。ルーブルが暴落した頃のことで、相対的に強くなったドルでライカのコピーカメラやレンズを大量に買い付けるというのが目的で、モスクワ市内にある光学工場をいくつか訪ねては直接仕入れ交渉をしたり、大きなフリーマーケットで横流し品を探したりしました。そのとき通訳をしてくれたのは、モスクワ大学で日本語を学んだウクライナ出身のユーリーという青年でした。最終日に彼の自家用車で空港に送ってもらう途中、第二次世界大戦(大祖国戦争)でドイツ軍が退却した地点まで案内してもらいました。モスクワ市内からは少し遠く、当たりは見渡す限りの平原でそこには雪が積もっていました。戦車止め使用されたものと思われる鉄骨を十字にクロスさせた大きな柵が、少しだけ目印にでもするかのように置かれていました。冬の短い日は早傾きかけており、その沈み行く夕日の方を指差しながら、「ドイツ軍はあの太陽の方角にある祖国を目指して帰って行ったのです」と説明してくれました。




posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 10:19| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

GHQ焚書図書開封6 浅野正美




「GHQ 焚書図書開封 6」 西尾幹二著 


    感想文 

   坦々塾会員 浅野正美



 本年は満州事変勃発80年、大東亜戦争開戦70年という二つの大切な節目を向かえた年でもありました。ちょうどこのタイミングに合う形で西尾先生の焚書図書開封5・6巻が刊行されました。この二巻においてアメリカの野望と身勝手な使命感がくっきりとあぶり出されています。西尾先生はブログの中でこう断言されています。

 「くどいことは言わない。この二冊を読まずして今後、戦争の歴史を語るなかれ。」まだこの二冊を読んでいない方は、是非続けて読んでください。そうすることでパールハーバーに至る歴史の必然が明確に理解できます。我々がいかに誤った歴史観を植え付けられ、作為にあふれた歴史空間を歩んできたかということが豊富な資料と当時の著作によって次々と暴かれていきます。



 それにしても本当にすごいのは、西尾先生の驚異的な仕事量です。先頃全集の刊行が始まりそれだけでもご自身の生涯の仕事を振り返るというとてつもない作業を伴うにも関わらず、その間平行して単行本を立て続けに上梓され、さらに雑誌への執筆、講演、各種行事への参加と続きます。驚くべきことに来月には「天皇と原爆」というタイトルの単行本が新潮社から予定されています。実は西尾先生は二人いて仕事を分担しているのではないかという冗談もつぶやきたくなりますが、仮にそれが事実であったとして余人に真似のできる仕業ではありません。



 さて、焚書図書開封も巻を重ねて6巻まで進みました。自由と民主主義の国アメリカが他国の書物を焚書するという矛盾には、怒りを通り越して失笑すら禁じ得ません。この国の特徴である、自分に都合のいいことには幼稚な正義感と原理原則を振りかざして他人にも強要しておきながら、都合の悪いことには知らん顔をするという独善性がよく解ります。第5巻はアメリカ太平洋侵略の内ハワイまでを、そして本6巻では、いよいよ満州、日本がその毒牙に狙われる時代を描きます。イギリスからの移民開拓団としてアメリカ東海岸の地に一歩を踏み出した彼らは、妄執ともいえる情熱をもって西へ西へと進みます。スペイン、キューバを叩いて領土を広げ、あるいはまた他国から金銭で買い入れることで、北米大陸を掌中に入れた後、いよいよ外洋に進出してハワイ、フィリピンまで手に入れたアメリカですが、極東アジアでは最後発の侵略者の立場に立たされます。そうした焦りもあり、アメリカは真の敵を見誤ります。真の敵とは、ソ連、中国の共産党であったにも関わらず、日本が満州で一定の権益を確保することを阻止したいために、蒋介石を通してシナに膨大な援助を行いました。その後の展開は皆さんがご存じの通りです。経済封鎖を断行し、ハルノートを突きつけ、我が国の先制攻撃を誘い出します。非戦を公約に掲げて大統領に当選したルーズベルトにとって、日米開戦は公約違反となりできれば避けたい事態でした。そこで宣戦布告なきだまし討ちという虚構を捏造し、「リメンバー・パールハーバー」という叫び声で見事に全米を戦争翼賛にまとめ上げることに成功しました。



 焚書にあった戦前の書物から引用されたところを読むと、当時の日本人はとても客観的に日米関係を分析しています。「日米もし戦はば」というテーマは戦前の未来予測の一つとして結構自由に議論されていたことを本書から学びました。

 最後に先頃来日して日本全国に大きな感動を残したブータン国王の国会演説からその一部を引用します。アメリカが血眼になって歴史を改竄し、通念を打ち立てようとどんなに必死になっても、ブータンにはこうした歴史観がしっかり根付いていることを知りました。ブータンにも中国に領土を蚕食されているという現実があります。



 「私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを誇らしく見ていたのを知っています。すなわち日本は当時開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以降日本のあとについて世界経済の最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます。」
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 11:57| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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