2011年08月02日

「逆説の政治哲学」感想文 浅野正美

  「逆説の政治哲学」感想文

   坦々塾会員 浅野 正美

   
逆説の政治哲学.bmp

   

 著者の岩田さんと初めてお会いしたのは、岩田さんが早稲田大学の学生のときでした。そのときなぜか、この人は将来学問(知)を通して世に名前が知られる存在になるであろう、という予感がしました。そして現在、大学に職を得て、二十代にしてすでに数冊の著作を著した実績を見るまでもなく、私の予感は見事に当たった、といっていいと思います。

 本書の特徴は何といってもその読みやすさにあると思います。ですます調の平易な文章で語られており、それぞれの章立ても短く、読書の苦手な読者でも、まず興味を引きそうなテーマを選んで読むうちに、きっと他のテーマも読みたくなり、知らない間に一冊を読了できるようになっています。しかも、各章ごとに岩田さんの寸評と共に推薦図書が紹介されていて、さらに深く学びたいと思った読者は、最短距離で古今東西の碩学の叡智を学ぶことができるという仕組みになっています。

 副題に「正義が人を殺すとき」とあるように、本書を貫いているテーマは、理想や偽善を排した人間の本質を追究する姿勢にあると私には感じられました。



 本書のスタイルは、数千年に渡る人類文明の歴史の中で、時間という最大の関門を超えて今に生きる哲人から近代の独裁者まで、そうした彼らが残した膨大な言葉の中から、珠玉(反語も含めてですが)ともいうべき言葉を選び抜き、その言葉に沿って人間洞察を究めるという形で書かれています。先に本書は文章が平易で読みやすい、と書きましたが、語られている内容は人間の深奥に潜む正邪や愛憎といった、人間理解にとって極めて本質的な問題ばかりです。

 岩田さんの「知力」で特筆されることは、本文や推薦図書を見ても分かるように、教養の土台に哲学、政治学、歴史と並んで、それらと同等かそれ以上の比重をもって、文学を重要視しているということにあると思います。本書を読んでいて思い出されたのは、魏の初代皇帝、文帝(曹丕)が著した『典論』の一節である「文章経国大業、不朽之盛事」(文学は国を納めるのに匹敵する大事業であり、永遠に朽ちることはない)という言葉でした。あらゆる芸術の中でも文学とは、一人の作家が人間を理解しようと格闘した精神の軌跡ともいうべきものですが、それ故に最高の文学者の言葉には、最高の哲学者の言葉に匹敵する力があるということを、この若さにして見抜いている慧眼に、私は脱帽するばかりでした。

 本書とは直接関係ありませんが、岩田さんはクラシック音楽にも深い造詣を持っておられます。人間が産み出した最高の美の結晶ともいうべきあらゆる教養を摂取することによって、本書は産み出されたといってよいと思います。

 また、岩田さんはねじれた西欧コンプレックスを抱くことなく、彼らの果実を我がものとする傍ら、我が国の神話、古典から近代文学も決して蔑ろにすることがありません。保守の神髄を祖国を貫く一本の支柱に見出しつつ、思索は同時に人間の普遍性にも飛翔します。



 人間の愚かしさや悲しみを突き詰めて行くと、そこでは身も蓋もない現実と対峙せざるを得ないということを、本書からは知ることができます。岩田さんは哲学が人間の本質を究めれば究めるほどに、現実の社会生活との軋轢に苦しむということも率直に語っています。

 政治家や新聞が、一定のきれい事と建前で我が身を飾るのは、社交や品位を保つ上での必要悪だと思います。ただし、そうした立ち居振る舞いをするために欠かせないのは、本書で語られているような教養に裏打ちされた人間理解であろうと思います。自由、人権、民主主義といった、近代市民社会とともにうまれたとされる概念は、もはや否定を許されない聖域となってしまいました。懐疑という、何かを考えるときのスタート地点に立つことすら許されなくなりました。こうした価値が決して人類普遍の価値でないことを、読者は本書を読んで知ることができます。また正義すら、不正義の手段たり得るということも知ることができます。

 本書を読んでほしい人として、私は何よりも政治家と教師を挙げたいと思います。国家の二大リーダーたる政治家と教師こそ、哲学による武装をしなくてはなりません。
 単なる一営利事業者でしかないマスコミにそれを期待することはまったく不可能なことで、これからも彼らは嬉々として国民をミスリードして行くことでしょう。そのとき世論という津波の防波堤になれるのは、本書で語られている人間理解に他ならないと思います。

 一人でも多くの個人の中にこうした正しい批判精神が宿ったとき、口当たりの良い飴玉を吐き出し、ときには苦い薬を飲まねばならないこともあるという選択をなし得るのだと思います。

 もちろん若い、これから政治学や哲学を学ぶ学生も、あるいは別の学問に進んだ学生も、一人でも多く読んでほしいと思います。本書に書かれていることは、学校で習ったことや、マスコミが伝えてきたこととは正反対のことも書かれていますので、最初は戸惑うかもしれませんが、自らの人生を振り返ってみれば当てはまることがたくさん見つけられて、きっと驚くことと思います。

 みんなで話し合って、お互いを信じて仲良くすれば、争いのない平和で安全な生活が送れる、という夢から一人でも多くの日本人が目覚めてほしいと思います。

 日本人は実に素晴らしい天分や気高さを持っています。そのことは、今回の東日本大震災における被災者や、災害現場で懸命に使命を果たした多くの同胞の行動によって、世界から激賞されました。ただしこうした部分だけを見つめて、陰の部分に目をつぶって来たことがすでに我々の宿痾となっています。複雑で矛盾に満ちた人間だからこそ、それと格闘する醍醐味も大きいのではないかと思います。本書では人間の我欲や利己心を悪としてではなく、本質として理解することを丁寧に説いています。ただし決してペシミズムの書ではありません。科学や文明がどんなに進歩しようとも、人間の本質は変わらないということをわかりやすく学ぶことができます。

 つい最近も、いわゆる「ガラガラ・ポン」をすればたちまち世直しが成るという幻想を抱いて、日米の国民はより深い幻滅を味わったばかりでした。広義における政治の世界においても、(ぜひ本書を読んで政治とはいかなるものかという、著者の極めてわかりやすい記述に触れていただきたいと思います)こうした言説が罷り通っています。曰く人身一心、曰く新たなスタート、曰く第二の創業。革命はそうした中でも最大のイヴェントですが、本書では歴史上の革命を、共産革命も含めて冷静に分析しています。そこから導き出される結論は、恐ろしいことですが理想は人を殺すというものでした。それ故にこそ、漸進主義の大切さが説かれています。



 日々教壇に立ち学生達と向き合う中で、どうしたら複雑、難解な人間と、人間が織りなす政治の実相を伝えることができるだろうか、という知的格闘の成果として、深刻な問題を極めてわかりやすく語るという本書のような書物が誕生したのではないかと思います。また、本当に読むべき価値のある本とは何か、ということを知ることができるのも本書の大きな特徴ではないかと思います。それぞれのテーマで紹介されている本はどれも本物で、難解なものもたくさんありますが、ぜひ多くの人に挑戦してもらいたいと思われるものばかりです。そういう私にとっても未知の本をたくさん知ることができました。今から、こうした高峰に一歩一歩挑んでいこうと考えています。

 読書において、回り道をしながらも自分にとって理想の書物に出会えたときの喜びは例えようのないものです。特に若いときにそうした書物に出会うことは、生涯の師を得たに等しい価値のあることだと思います。人はそうした本との出会いを通じてより深く、より高い目的に向かって歩むことができるのではないかと思います。私にとって本書は紛れもなくそうした本の一冊になるものと思います。  浅野正美
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 21:09| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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