2010年12月20日

全共闘 池田 俊二

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   全共闘

    坦々塾会員 池田 俊二


 私は全共鬪と繋がりはないが、そのメンバーと思しき人達と昔、附合つた(自分は全共鬪世代よりも年上なので、あまり眞劍に身を入れた記憶はないが。この人達と同世代なのは、現代文化會議の佐藤松男さんあたりだらう。同會議設立の目的の一つは全共鬪と戰ふことではなかつたかと臆測してゐる)。かなりの數だつたが、仙石官房長官によく似た人が5割近くゐた。その通有性は次の2點。


 @頭の中は、基本的には占領軍に刷り込まれたことばかり。それを除けば、ほとんどカラッポ。從つて、なにかあつた時の彼らの反應はオートマチック。そこに「考へる」といふ行爲は決して見られなかつた(この@は全共鬪たる絶對條件。一人の例外もなかつた)。


 A時に、突拍子もない法理論らしいものを持出して來る。法律を全く知らないこちらは煙にまかれ、ドギマギしたことが何度かあつた。そして、そのインチキなることをあとで知り、喧嘩の場から一旦引いたことを後悔したりした。チキショウ! いつぱい食はされたといふわけだが、やがて、それほど慌てなくなつた。こちらに法律の知識がなくても、常識を以てすれば、ディベートでそれほどやられることはないと知つたからだ(とあつさり言ふと、些か強がりになるが)。

 そして、さきごろ、久しぶりにドキッとして、すぐに人から教へられ、苦笑ひした(それも暫く止らなかつた)のは、官房長官の次の言だ。「政治職と執行職では責任のとりかたが違ふ」。ウーン、さういふ區分のしかたもあるのかと、正直なところ考へ込んだ。それが全くのでたらめだと知つた(教へられた)時には、またやられたかと自分の腑甲斐なさに情けなくなつたが、同時に長官をも哀れまずにはゐられなかつた。60歳を過ぎてなほ・・・。

 鬼面人を威すことを好む生來の根性は別として、世が世ならば、その三百代言としての才能を、國の爲に正しく使へただらうにと考へると氣の毒にもなつた。つけ加へると、この人、相手に知識ありと認めた場合は、決して法律談義はやらないさうだ。


 全て外國軍の「刷り込み」に基いてゐるのだから、その判斷が正常の日本人の反對になるのは當然だ。

 もしも、尖閣で日本人が支那人に對して、よからぬことをしてゐる場面が映像にあれば、「者ども、これはなんとしても隱せ!」と號令し、逆に支那人が日本人に惡いことをしてゐる場面があれば、「これを世界中に見せろ」と指示するのが日本側の責任者の態度だらう。

 それが、仙石さんの場合、反對になつた。育つた時代が惡かつたと言ふほかない。そして、御本人が、正義は自らにありと思つてゐることは間違ひない。人を嚇したり欺いたりするやうな奴に同情する必要はないとも言へるが、その彼も時代の犧牲者であることは否定出來ない。かういふ男によつて國が誤たれるのは不幸だが、それ以前に彼自身が不幸なのである。そのことに自分では氣づいてゐないことは、餘計哀れむべきだ。

posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 08:35| 東京 ☁| Comment(0) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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