2010年10月04日

尖閣問題「1946年憲法」の毒牙足立誠之



  「1946年憲法」の毒牙 
 

      坦々塾会員 足立誠之


 お二人とも(福地さん、古田さんのこと、編集者注)戦う気概に満ちたお説で立派なことであると思うのですが、政界、マスコミ、そして一般人総てにわたり、”1946年憲法”の毒がまわっていることを考えると、何か空しい感じに襲われるのです。

 2002年9月の小泉訪朝で金正日が拉致を認めましたが、それが日本人の約三分の一にそれまでの「北朝鮮は良い国」との認識から「北朝鮮は危険で悪辣な国」であるとの共通認識に転換させました。それにより社民党は消滅しましたがそれにいたるまで1〜2週間を要したように記憶します。

 ラジオやテレビに出て来る所謂評論家の中には、「あの衝突は意図的なものではなく偶発的なものとして映っている」などとの発言や、「日本は今まで周りの国と良好な関係を持つ努力をしてこなかった」などとの無責任な発言が見られます。

 これらは、国民を今迄通り「1946年憲法」の下にがんじがらめの状態のままにしておこうとする試みです。

 大相撲秋場所の表彰式で総理大臣杯を持って登場した菅直人首相に「売国奴」「やめちまえ」との罵声が浴びせられ異様な雰囲気になりましたが、こうしたことがあと1〜2度くりかえされれば世の中はがらっと代わり、「友愛の国中国」は「悪の帝国、中国」とのイメージが国民の脳裏にようやく刷り込まれることになるのでしょう。それにはもう少し時間をかけて「悪辣国家中国」を暴露する情報を浸透させる努力が必要なのでしょう。

 こうしたプロセスを通じて国民が徐々に「1946年憲法」の毒牙から開放することになるのでしょう。

       足立



posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 01:00| 東京 ☀| Comment(1) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

「沈默は時として惡」、これは大石さん
のお言葉で、全面的に贊成です。そこで
自分としてもなにか言つて、大石さんに
協力しようと考へました。しかし、あれ
これ思案しても何も出て來ません。福地
さんや古田さんの論も、またこれを立派
と評された足立さんの「憲法の毒牙」も
固より立派だと思ひます。

しかし、いづれも「胸がすく」とまでは
ゆきませんでした。土臺、かふいふ事態
について「胸がすく」思ひをしようなど
といふのが無理なのでせうね。

總理大臣、官房長官、那覇地檢を罵つて
も、またこれまでの自民黨政權の優柔不
斷ぶりを嘆いても、あるいは支那の傍若
無人ぶりを非議しても、氣は晴れさうに
ありません。なにを言つてもくさくさし
さうです。

支那船船長釋放の翌日、句會がありまし
た。そのあとのイッパイ會に先立ち、自
分はかう申しました。「けふは尖閣の件
はしやべらないことにしよう。不愉快に
なるだけだから」と。

でも、終りの方で、ある女が(支那のこ
とを)「イヤーね」と申しました。この
女は嘗て西尾先生と私の對談本『自由と
宿命――西尾幹二との對話』をecce
ntricと評しました。まあ、戰後民
主主義の申し子で、上から教へられたこ
とについて疑ふことを知りません。「懷
しき夕陽耄語――」といふやうな句を作
つたことがあります。つまり、あの加藤
周一を尊敬してゐるのです。

そんな女まで・・・と思ひましたが、別
に嬉しくもなく、なんの感慨も湧きませ
んでした。

結局、今のところ、産經の西尾論文の末
尾「嗚呼!」を以て我が感想とするほか
ありません。嗚呼! なにも言へず申し譯
ません。

Posted by 池田 at 2010年10月04日 22:15
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