2010年07月04日

日米関係と日経・科挙官僚の危うさ濱田實




 日米関係と、日経・科挙官僚の危うさ N

    ・・・和佐氏からの聞き書き・・・

        坦々塾会員   浜田 實

和佐氏ははじめての人に会うと必ず「これから誤解さ

れる話をします」「私の話は100〜300時間かけて聴い

てもらわないと、なかなか理解してもらえません」と

言って、あらかじめお断わりする。

後者の”100〜300時間”の話は、香西氏(下記)が

和佐氏に「その話だけは、止めてください・・・」

と常に言われたという。

日経報道でマインドコントロールされた人たちに真実

を理解してもらうには、これは、ごく自然な言い方で

はないだろうか。

その証拠に、日教組教育で洗脳された人たちの

多くは、50、60歳を超えても、まだ

マインドコントロールから説き離れないでいるからだ。

日経信者もまったく同じである。そうそう“簡単に”説

明して、マンンドコントロールが解ける話ではないから

だ。

最近「簡単に話す」という言い方が流行っているが、こ

の言葉は、ビジネスの世界では、ある程度は頷けるが、

しかし一種の「陥穽」でもある。人間を軽くするのでは

ないだろうか。

長い歴史の一面「簡単に話す」などということは、成熟

した大人のいうことではないと思うが、いかがであろう

か。

同じことを西部邁氏が、西部ゼミナールで発言していた

が、同感である。私にとっては、西部氏の説明は全く苦

にならない。

小気味よさを覚える。



以下、和佐氏からの聞き書きです。

・日経センターは“マインドコントロールセンター”である。

 50年前の第一次安保時代、マル経の学者たちは、イ

デオロギーを温存したまま、近経に衣替えした(転向)。

彼らの経済学は“哲学なき”計量経済学だった。すべて

の間違いと日本の不幸はここにある。

 彼らの哲学とは、脱税した金も“雑収入”に組み入れ

る不作為である。
・当時(高度成長期)、経済企画庁の科挙官僚は「経済

安定本部」を発足させ、エコノミスト養成機関として、

日経センターができた。経済安定本部は現実離れした計

画書を作って、大蔵省から予算を獲得してきた。大本営

発表をそのまま予算化してきたという歴史がある。族議

員がそれに乗って利用してきたことも歴史である。

 たまたま池田内閣の「所得倍増政策」でピッタリ合っ

ただけの話である。それも89年以前、敗戦に近い年、

すなわち冷戦を戦ってきたアメリカにとって、アメリカ

の経済利益(戦争に関わる生産基地)

に叶ってきただけのことである。それはアメリカの強制

によるものであったが、時代に乗っただけのことが

成長戦略として持て囃されてきた。大成功といっても、

それは虚構のハーモナイズであった。


・かつて日経センター上司であった香西泰氏は、経済企

画庁からの天下りであり、安定本部のシンボル的“便利

屋”であった。95〜96年であったか、香西氏は私(和

佐)の天敵であった、

 香西氏の発言に対して私は「あなたの論は間違ってい

る!」と仲間とのミーティングの席上、なんども発言し、

カンカンガクガクの議論もしたが、仲間は誰一人として

私をサポートすることなく(村八分が恐くて・・・)、

私に近づく人はいなかった。この弱さは、日本人の弱さ

である。


 その後彼らは、大学教授・・等々への転進で、 ちゃっきり安定ポ

ストに収まって余生を過ごしたことを目撃している。

 論説委員会でもこういうことを発言したのは、自慢するわけでは、

残念ながら(日経の恥さらしだが)、自分

ひとりであった。それが日経の実態であり、日経の限界

である。

・日本人は根本原因を徹底的に考えようとしない。云う

うなれば科学的精神に欠けるということだ。

 ケインズが1936年、国を危うくする最大の問題は

「マーシャルの古典派経済学は、その前提が普遍性
 
と明確性に欠けている」と言った。 わが日本がまさに

その特殊状態を温存し今日に至るも継承している。


・「マインドコントロールセンター」が日経だとしたら、

少々薬をつけて治る問題でないことを理解いただけるだ

ろう。構造自体を変えないと、日本人は永遠にマインド

コントロールされるということだ。それによって日本人

の奴隷が永遠に生産されてゆく。「知らなかった」では

済まされない問題がある。

 「知らなかった」という精神構造が、マッカーサーの

云う「日本人12歳」論である。

 日経の不作為、虚偽報道により、高度成長の波に乗り、

金のたまご達が、低賃金、過当競争の世界に放り込まれ

ていったことを誰も言わない。「見てもいないことを、

見てきたことのように言う無責任な人」は多いが、現実

はそんなものではない。報道されない実態を知らないだ

けのことである。
 
「日経を潰さなければ・・・」というのは、そういうこ

とである。

 幸いにも産経新聞は、日経ほど財務省のしがらみを受

けていない。「しがらみの程度」でいえば、日経は横綱

級、産経は前頭級というところか。そこに産経の救いが

あり、産経だからこそできる希望がある。





posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 03:00| 東京 ☔| Comment(0) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。