2010年03月21日

朝青龍問題というブーメラン足立誠之


朝青龍問題というブーメラン

      坦々塾会員 足立 誠之

 横綱朝青龍の"品格"については現役時代から話題になっていましたが、本年2月の引退後も収まっていません。

 本稿は朝青龍の"品格"問題を別の観点から考えるものです。

 まず民族・集団とidentityの観点に立ち返ることからはじめましょう。
一昨年の2月オーストラリアのラッド政権はアボリジニの赤子を政府が親から引き離し養育する政策を廃止しました。その内容をオーストラリア通の友人に照会したところ詳しい説明と共に、問題の本質はこうした長年の政策によりアボリジニのidentityがこの世から抹殺された点にあるとのコメントをもらいました。
Identityに係わるもう一つ別の話をいたしましょう。

中世ヨーロッパの外からの脅威はまずイスラム教アラブ人の進入であり、続いてモンゴル、そしてその後はオスマントルコの進入でした。

 そのオスマントルコの最強の部隊は"イエニチェリ軍団"であったそうです。その"イエニチェリ"がどのように編成されたかという点については興味深いものがあります。オスマン・トルコはイエニチェリ軍団を中核に本来キリスト教徒の住んでいる土地であった小アジアやバルカン半島の各地を次々に征服していきましたが、その征服地にいるキリスト教徒の幼児や少年を捕えてきてみっちりとイスラム戦士として教育し一人前の軍人に育て上げる、そうした出身者により構成されたものが「イエニチェリ軍団」でした。こうしてオスマン・トルコは「イエニチェリ」を軸に自らを拡大生産していきました。その結果かつてはキリスト教徒の土地であった小アジアの全域は今日殆ど100%に近い人々がイスラム教を信じるトルコ人の世界に変わってしまったのです。

 この二つの話は民族・集団の成員のidentityは幼児期、少年期に育まれるということを示しています。日本は長年アジアの東端に島国として存在し、外国から征服支配されるという悲惨な経験をを持たない民でしたが、モンゴルはユーラシア大陸の各民族の興亡の歴史の中で何とか自らのidentityを失わずに生き延びてきた民です。同じような顔をしていてもその歴史はまるで違い、identityも全くことなることを忘れるべきではありません 。

 モンゴルの歴史を概観しますと、ジンギス汗のモンゴル帝国がユーラシアの大半を征服してからほぼ100年後の1368年シナに漢民族の明王朝がおこりモンゴル族はシナから退きモンゴル高原に北元として存続します。その後タタール、オイラートに二分されます。更に満州族がシナに進出し清王朝を建設し、モンゴル高原も満州族の清に支配されます。
 その清が辛亥革命で滅亡し、又ロシア革命が起きます。モンゴルにはロシアの革命軍 、反革命軍が入り込みあらそい、やがてソ連が成立し、モンゴルも一応独立しますがその間どういうことがあったのかは最近にいたるまでヴェールにつつまれていました。

 ロシア革命当時、モンゴルにはロシアの反革命勢力が入りこみ、それを追う赤軍との戦闘を含めて相当に悲惨な情況が続き人口も大きく減少したとされます。その後も独立したとはいえソ連の厳しい官吏下にあり、スターリンの粛清などで多くの犠牲者が出たことも近年明らかにされてきています。
 1991年ソ連が崩壊し、モンゴルもようやくソ連の"くびき"から解放され、共産党の一党独裁から大統領制・議会民主制度に移行します。こうした厳しい歴史を経たモンゴル人の価値観、行動規範や行動様式を含むidentityが日本人のそれと全く異なることは改めて述べるまでもないでしょう。
 まだモンゴルがソ連の強い影響下にあった1980年9月27日首都ウランバートルでドルゴルスレン・ダグワドルジ(後の朝青龍)は生まれました。

 ダグアドルジ少年はモンゴル相撲に秀で、少年モンゴル相撲で優勝します。
そして97年に明徳義塾高校に相撲留学し、99年1月に角界入りします。01年には入幕、04年3月に23歳で第68代横綱に昇進します。
然し08年名古屋場所で怪我で休場、その後モンゴルで少年サッカーに興じたことが判明し、相撲協会から二場所の出場停止処分を受けました。そして10年初場所中に暴力事件を起こしたとして問題となり、2月に引退することになった訳です。

 現役時代朝青龍の品格についての批判にはいろいろありましたが、主なものは懸賞金を受け取る際に右手ではなく左手を使う、勝った後に"ダメ押し"をする。ガッツポーズをする、などでした。
これらは確かに日本人が描く"国技"である大相撲の横綱の理想像とは違います。
然し考えなければならないことは、朝青龍の人生29年の半分以上の16年余、然も人格のコアの部分を形成する幼少年期をモンゴルでモンゴル相撲に明け暮れしながら過ごしたという事実です。
ですから彼の価値観、行動規範などを含めたトータルとしてのidentityはモンゴル人のものであり、日本人のそれとは異なる筈です。
 格闘技である相撲の勝負は、考えて動くことできまるよりも反射的な動きで決まる。特に強い力士はそうです。幼、少年期にモンゴル相撲で鍛えられた反射神経がより働くのも当然でしょう。左手を使い懸賞金を受け取ることもそうした反射神経からきています。尤も朝青龍はその後は意識して右手を使うようになっていました。
 勝って「ダメ押し」するのも厳しいモンゴルの歴史から「そうあるべし」との規範となりモンゴル相撲に結実したものでしょう。
モンゴル相撲では勝者は敗者の上を鷲が羽をはばたく動作をしながら一周し勝利を誇示するのだそうです。これは謙虚さを表わすことを美しいとする大相撲の"品格"とはまるで異なります。
 モンゴル相撲の鷲の"儀式"を封じられた朝青龍が思わずガッツポ−ズをとるのも分かるような気がします。

 更に重要なことがあります。日本独特の事柄と微妙な言葉の結びつきです。朝青龍を始めモンゴル力士は日本語を上手く喋り、一見理解しているように見受けられます。
然し上述から考えれば、それは絶対に違います。
 大相撲では横綱や大関は場所中勝ち星が上らないと、往々にして病気や怪我を理由に休場します。そしてその中には実際にはそれほどでもない病気や怪我でも診断書を出してもらい休場することもあった筈です。08年の休場後のサッカー騒動もそうした場合の日本流の"本音"と"建前"の微妙な差が朝青龍には理解できなかった故とも考えられます。ドライに考えれば、軽く子供達とサッカーに興ずるのは怪我の回復にはよ
いと考えても不思議ではありません。

 日本人には当たり前に見えることでもモンゴルの力士には理解し難いことばかりなのではないか。十分には理解出来ないことでも周りの奨めや雰囲気でどうにか日本語で応えてその場を終える。然し本当は理解出来ない。そんなことばかりであったのではないでしょうか。

 相撲界が外国人力士を受け入れながら、大相撲の伝統"や"品格"を彼らに求めることに甘ちょろい世間知らずというか、「"世界"知らず」が露呈しています。
少し極端になるかもしれませんが先の"イエニチェリ"の話を例にとれば、青年期のキリスト教徒の捕虜を連れてきてイスラム戦士に鍛え上げようとすることにひとしいのではないでしょうか。そうして出来上がった"戦士"が陰で豚肉を食べたとか、日に5回のメッカに向かい礼拝をしなかったと、とがめるようなものでしょう。

 モンゴルの力士に相撲界の"伝統"や"品格"を無用心に求めることは、場合によっては彼らのidentityを抹殺しかねないのです。
 又大相撲の"伝統"や"品格"がモンゴル相撲の伝統"や"品格よりも上位にあるとも言えないでしょう。大相撲の"伝統"や"品格"は天下泰平の江戸時代の時期に形成さ れておりモンゴル相撲のような民族のidentityの存亡と一体となって鍛え上げられたものではありません。それは今日における大相撲の弱さ、欠陥の露呈に結びつくのかもしれません。

 朝青龍問題の根源は日本の相撲界に入ってくる若者が極端に減少し、外国人に人材源を求めざるをえなくなったことにあります。
 それは子供達の相撲離れの結果でありますが、それだけではなく少子高齢化の影響があるのは確かでしょう。そう考えれば朝青龍問題は日本の将来に重大な示唆となるものです。

 今日本では少子高齢化現象が深刻な問題として浮上してきています。
その揚句は、「外国人を受け入れればよいではないか」という声が高まってきたわけです。そしてその背景には、どんな国の人でも「話せば分かる」「善意で臨めば理解し共生できる」 という甘い見方が常識のようになっていることがあります。

 自民党などは「外国人一千万人受け入れ計画」まで言い出していました。
しかし異なる国の人々を受け入れるということは違ったidentityの人々が恒常的に接触しあうということを意味します。理解しあえることもあるかもしれませんが、何の軋轢もなく総てが理解しあえるということは絶対にありえないのです。

 私が驚くことは今迄、朝青龍が殆ど一方的に批判、非難されてきたことです。殆どの日本人が、外国人とは「話せば分かる」「共生できる」としながら一方で朝青龍をこれほど批判、避難する。そうした日本人の両面性にはidentityの問題がスッポリと抜け落ちているのです。これこそグローバル化する世界の中で日本の生存、即ちidentityの存亡に係わる問題を内包しています。

 日本人が朝青龍を批判、非難していることそのものが巨大なブーメランとなり日本に向かって戻ってくることになるでしょう。

(H22.3.20足立)
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 15:52| Comment(0) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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