2010年03月08日

日本がいい!! 粕谷哲夫


    「あっ、日本だ!!  日本がいい!!」

           坦々塾会員  粕谷哲夫

 きのうの坦々塾での話は、限られた時間にふさわしい 内容の編集・アレンジがまずく、総体的に重要な箇所を落としてしまいました。

 感想とあわせて、以下追加を許してください。

(1)レジメの最後に

「あっ、日本だ!!  日本がいい!!」
       と書きました。
 実は、極東ロシアからは、ウラジオストックからウラジオストック航空で新潟に帰りましたが、数十人の日本の中学生が同乗していました。ロシアでホームステイを終えての帰国だそうでした。(どういう段取りでホームステイを下のカなどはわかりませんが)、機体が信濃川河口付近に達したとき、ロシアでホームステイを終えて、前の列の窓側に乗っていた、男の子が窓に顔をつけて、突然 「あっ、日本だ!!やっぱり日本がいい!!」 と大声を発しました。
 極東ロシアの旅でもっとも感動的な一瞬でした。
 この感嘆文でお話を終わるつもりでした。


(2)佐藤松男さんの『福田恒存の思想と私』は、私にとってたいへん刺激的かつ濃密でした。アンドレ・ジイドの<ロシア紀行>のくだりは宮本百合子の誤ったジイド批判とあわせて触れるつもりでレジメに含めただけに印象的でした。

 また「ヨハネ黙示録」の説明は<シベリア天皇・浅原正基>の狂気と妄想に関わるもとしてたいへん有益でした。

 実はこの問題に通底する重要なコメントを宮崎正弘さんの数日前のメルマガに<東海子>という方が投書で見ることができます。そのまま引用します。

(読者の声2)「レーニンが後悔したでしょうね。スターリンが後継などとは!」とありましたが、まさに言いえて妙です。そしてマルクスがスターリン対していだいた最大の不満は毛沢東を殺さなかったことです。毛沢東が行ったことためにマルクス主義への評価が事態を客観的に観ることのできる人々の間で決定的に下がったからです」 
との投書ありました。

 感想です。
1.マルクスの毛沢東への不満:これは、マルクスは19世紀の人であり、毛沢東は20世紀の人なのであり得ません。ただし1949年の中共成立後毛沢東はモスクワに行きますが、宿舎に3か月近く足止めを食らいました。これはスターリンが中共の指導者を毛沢東にするか、別の人間にさせるか、を考えていたものと思われます。戦前のスターリンは気に食わない共産党指導者はモスクワに召喚して処刑していました。このため毛沢東はパニックになりましたが幸いスターリンの眼鏡にかなって帰国を許されました。以後毛沢東はスターリンの生存中は二度とソ連を訪ねることはありませんでした。

2.マルクス主義の評価の変遷:マルクス主義の評価は、1949年以降の毛沢東の八千万人を殺したという残酷な恐怖政治で下がったわけではありません。

1)1941年の独ソ戦:この混乱でソ連人が西側に大量逃亡し、スターリンの恐怖政治の実態が欧米に知られたため、マルクス主義の信奉者が激減したのです。それまでは西側の高学歴者の間で1929年の大恐慌をマルクスの予言の的中と誤解した人が多く、ソ連と共産主義、マルクス主義への信奉者が非常に多かったのです。この中にソ連スパイ工作に使われた各国の左翼理想主義者たちがいます。このため戦後は、戦前のような理想主義によるソ連スパイは激減し、米国のようにソ連スパイが政権中枢に入り込み、自国政策をソ連寄りに誘導することは難しくなりました。

2)ソ連の崩壊:1991年のソ連の自滅で、東欧の衛星国が崩壊し、共産主義政権の恐ろしい犯罪政治の実態が全世界に暴露されました。
これにより西欧の共産党は支持者が激減し崩壊しました。その点、まだ共産党の存在を許している日本人は完全に遅れています。
共産主義は犯罪の思想なのです。

3)マルクス主義:この思想は理想実現の社会主義と違い、ユダヤ教の終末論の焼き直しであり、理想社会の必然的到来を予言するものです。
このため信奉者は、未来を現実とするため、現実は過去となり、その改善を否定し、むしろ現実の破壊が理想社会の到来を速めると考え異常な破壊行動をとるのです。
共産主義運動の指導者のレーニン、スターリン、毛沢東らは、マルクス主義の本質が荒唐無稽の古臭い妄想であることをよく知っていましたが、共産主義の愚かな信奉者が左翼運動に金と労力を提供してくれるので、権力の奪取と恐怖統治の正当化に利用したのです。  (東海子)

 また佐々淳行さんは、唯物史観のエスカトロジー(ヨハネの福音書のエスカトロジー Eschatology of the Gospel according to John)に触れて全学連から魔女狩り的迫害を受けたことを書いていますが、根が深い問題であることを佐藤松男さんのお話で再認識しました。


(3)
 西尾幹二さんの国体論研究の中間発表は、きわめて難解で理解を超えるところが少なくありませんが、今後の展開が楽しみです。蓑田胸喜をどう総括するか、非常に重要なポイントだと思います。


posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 20:32| Comment(0) | 坦々塾報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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