2009年11月10日

日本人らしさについて 西尾幹二

 日本人らしさについて

 最近動画のコレクションを観ていたら、私の拓大の講演が録画(平成19年1月29日放送)されていた。

 聴いていたら悪くない内容なので改めて皆さんに聴いていただだきたいと思いここに提示します。

        西 尾 幹 二

 始まらない場合は、画面中央の矢印をクリックして下さい。

 動画が始まるまで少し時間がかかります。
 少し待っても始まらない場合は、もう一度画面中央をクリックして下さい。

 君が代の後に西尾先生の講義が始まります。

 ご利用方法が不明な場合は、メール、電話orコメント欄でご連絡ください。

 こちらのURLでもご覧いただけます。
http://zoome.jp/atatatatatatata/diary/10


        坦々塾事務局 大石




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posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 20:38| Comment(3) | 西尾先生からのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

   動画「新江戸学」を拝聴して

 吉田兼好の「徒然草」の一節を引き合いに出して、語られることの多い日本人の美意識。満開の花、曇りなき満月を必ずしも賞でない態度を本居宣長は「さかしら心のつくり雅」と攻撃している・・

 西尾先生のご講話はこんな例から始められました。
素直な心、みだりに言挙げしないことを旨としてきた日本人の美意識はけっして法師のいう作為的なものではないと、宣長が憤慨していることを教えていただき、今私どもがほんの少人数で読みあっている『源氏物語』について心当たりを感じたことを述べさせていただきたいと思います。

 源氏は帝とその寵姫との間に生まれた美貌も才能も徳にも恵まれた理想の貴公子、という設定でありますが、女性関係に無茶が多く義母との道ならぬ恋、愛しすぎて死に至らしめた愛人、人妻への懸想、兄帝の寵姫との関係、などなど驚くことばかりの不良ですが、宣長はこの『源氏物語』を「もののあわれ」といって切なくなるほどの愛情を示しています。日本人が持つ本来の心と感情、「根源的な人生」生きることの大きな苦しみ、大きな喜び、そんなふうに言い換えることができるものとして私は宣長の「もののあわれ」を解釈しています。

儒学や仏教に圧迫されてしまった日本人の古来からの習俗や人生観の解放なのかと。

 また折口信夫は『源氏物語』を「色好み」といいましたが、歌舞伎で海老蔵が源氏を演じる時、「帝」として演じてくれといったそうです。関白や摂政ではなく「帝」です。天子は多くの優れた女性の呪力によって統治する、それは男の甲斐性で愛人が沢山居るという筋合いのものではない、ということだそうです。言葉は違っても宣長と意図するところは同じだと理解しています。
また新井白石がとなえたという「鬼神論」などに漠然とではありますが、通じるところがあるのかな、とも思いました。

言葉足らずですが、「幸あふ国」日本の真髄を『源氏物語』から探して「日本人」と「天子さま」を感じていた私にロジックを与えていただき感謝申し上げます。

             萩の露

Posted by 萩の露 at 2009年11月13日 22:51
萩の露様

拙論に広い展望を与えてくださり、ありがとうございました。
 
折口信夫が源氏を帝として演じるように、天子は女性の呪力で統治するから、とはどういうことでしょうか。もう少し説明してください。

白石の鬼神論は儒学の合理主義からの逸脱といわれる不思議な作品ですが、このこととどうつながるのかも、もうすこし教えてください。


Posted by 西尾幹二 at 2009年11月14日 10:37

ご指摘の2点について、雑駁になるかと思いますが、説明させていただきます。

天皇制は大化の改新以後整備されたというのが定説です。それ以前にもシステムがあったことは誰もが認めるところです。それを女性史学者の高群逸枝先生は「ヒメ・ヒコ制」と名づけて、太陽のような超自然力をもった巫女王と男王の共同統治であったとおっしゃっています。このことをうかがわせる話は「記紀」にも多く登場します。モモソヒメと甥の崇神天皇もそんな関係だったのではないでしょうか。
 「天皇」をスメラミコトと呼びますが折口信夫先生はこれを「高貴なるミコトモチ」と解釈されます。「巫女王」といったところでしょうか。
 日本の国土や気象のダイナッミクな動きを予見できる力は女性の方が大きかったのではないでしょうか。天照大御神は優れた巫女だったのでしょう。
 天皇は今も作物の豊穣・国土の安寧・四季の正しい運行などの祭祀をつかさどっておられます。
 そんなわけで「天子は女性の呪力で統治する」とはこんなところを根拠としました。

 次に新井白石の「鬼神論」はネット検索で見つけた、東北大学院研究科の大川真氏の「王権・言葉・心をめぐる近世政治思想史研究」と題した論文を参考にしました。

そこには、白石の「鬼神論」の特徴として「天地の『気』の円滑な循環を重視することにある」とし、人の怨念のもつ「気」のエネルギーが災禍をよび、現実社会の脅威となることを白石は徳川政権の永続を指向して戦略的に展開したとあります。

 幕藩体制維持の思想的体系というよりも極めて日本的で、そもそも祭祀はこの「気」の動きを重要視します。「気」ー「言霊」ー「和歌」、それを統べるものがスメラミコトつまり天子さま、私はこうとらえています。
そして新井白石がこのことに無自覚だったとは思えないのです。
 古今集の仮名序にも和歌は「天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思わせ、男女の仲をもやはらげ、猛きもののふの心をもなぐさむる」とあります。
 なかなか旨くいえませんが、江戸時代は合理主義を旨とする儒学者であっても日本へ内向する風潮の中にあったのではないか・・やっぱりいいすぎでしょうか。

         萩の露

Posted by 萩の露 at 2009年11月14日 17:34
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