2009年11月02日

『保守の怒り―天皇・戦争・国家の行方―』のご紹介

 
 『保守の怒り―天皇・戦争・国家の行方―』
          のご紹介


 11月下旬に、上記の本が刊行されます。

西尾先生と坦々塾会員の平田文昭さんの対談です


    ====衝撃の新刊 話題沸騰====

      いま率直に語りつくす
   戦後「保守」の自己欺瞞・時代への警鐘
      祖国日本再建の指針
 保守よ、日本よ、 正道にかえれ! よみがえれ!

『保守の怒り
    ―天皇・戦争・国家の行方―』


    対談 西尾幹二 × 平田文昭

 刊行 草思社 予価1800円 11月下旬発売予定



 混乱・荒廃・騒擾、そして戦争の時代が来ます

日本国と皇室は、昭和20年以来の、存亡の危機に立っています

 その存続と再生は保守にかかっています

 しかしその「保守」がいま自滅しようとしています

平成21年夏の衆議院議員選挙後に、
        「保守」にただようこの虚脱感

それは「保守」が空虚だったことの証明です

    「保守」とは
政治家ばかりではなく言論人・運動家も含みます

冷戦終了後のフィリピンのマルコス政権のように落ちぶれたのがいまの「保守」です

 こうなったのは、朝日・NHK・日教組のせいでしょうか?

        いいえ

「保守」は「反」のみが生甲斐だった昔の社会党のようになってはいませんか

   「保守」の芯はいつしか溶けさり

 思想も、時代への対応力も、実務能力も失い

  「保守」はいつしか愛国ゴッコ利権となり

知も智も、信も誠も哀も愛も、断も勇も、すべてを亡くしていたから

虚名と虚勢と虚構と以外のすべてを無くしていたから

「保守」はここまで無力化し、いま崩落しつつあるのです

「ご皇室ありがたや念仏」を唱えていても問題は解決しません

「朝鮮台湾にはいいこともした史観」に酔っていても
   日本の明日は切り拓けません

   「保守」が隠しても世間は知ります

 左翼に道をつけてきたのは、自称保守なのです!

保守の覚醒と再生なくして、日本の生存と再生はありません

「保守」よ、娑婆に出よう! 現代の現実に生きよう!

  衝撃の言葉、真実の言葉、魂の言葉に満ちた

  <衝撃の対談、この秋11月刊行です>

保守の怒り チラシ.pdf
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 00:00| Comment(4) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
西尾先生と平田文照さんの對談本の内容が要領よく紹介されてゐますね。今から發賣が樂しみです。
紹介者自身の言葉、及び本のキャッチコピーからの引用と思はれる部分について何等異論はありません。全て納得しました。

 ただ保守といふ言葉の與へる印象の變遷について、若干の感慨を催しました。

 〈戰後「保守」の自己欺瞞〉〈保守よ、日本よ、正道にかえれ〉、〈その存續と再生は保守にかかっています しかしその「保守」がいま自滅しようとしています〉の如く、括弧でくくつてあるのと、さうでないのとがありますが、いづれにせよ、私がもの心ついた頃には、保守といふ言葉はこれほど頻繁には使はれてゐなかつたやうな氣がします。

 たまに使ふ場合は、うしろに二字を加へて「保守反動」とするのが常でした。惡いことの代名詞で、人を罵る際に貼るレッテルでした。これを貼られた惡人は、代表の福田恆存を初めとして何人ゐたでせうか。寥々たるもので、孤立無援でした。私がその極惡に惹かれたのは、生來のひねくれ者だつたからでせう。

 吉田健一が「自由民主黨」などと言はずに「保守黨」と名乘ればいいのに、とどこかに書いてゐたのを覺えてゐますが、それほど、「保守」は一般から避けられた言葉でした。

私の結婚式(昭和45年)では主賓が「私は保守反動ですが」と言つて話を始めました。勿論「私は極惡人ですが」といふ意味でした。世間でもそれは變つてゐなかつたのではないせうか。

昭和55年、多分『諸君!』に清水幾太郎の「核の選擇」といつた論文が載りました(私は讀んでゐないので、タイトルその他違つてゐるかもしれません)。そして、「戰後最大のタブーに挑んで話題騷然」となつても、殆ど興味はなく、新聞廣告などで垣間見ただけです。あの平和教の教祖が核武裝を唱へ出したのだから、風向きが變つたのだなと思つた程度です。つまり平和→武裝、進歩→保守といふふうになりつつあるのかな、と想像しました。清水に對する福田恆存の批判「近代日本知識人の典型清水幾太郎を論ず」を讀んだ時は眞に失望しました。清水に對してではありません。福田に對してです。内容に間違ひなど無論ありません。しかし、そこに福田らしい論理の冴えが感じられませんでした。「福田恆存老いたり」と悲しくなりました。清水が常に、風のまにまに、時好に投じて(と言ふより、時好に弄ばれて)來たことは分りきつてゐます。福田大先生の教へを俟つまでもないからです。この頃既に「保守」は、それほど惡いものではなくなつてゐたと考へてもいいのではないのでせうか。

それより19年前の 昭和36年に、西尾幹二先生の短文「雙面神脱退の辯」を讀んで、電撃的ショックを受け、この人こそ極惡=保守反動の將來の旗手と感じたことは、先生との對談本『自由と宿命・西尾幹二との對話』(平成13年)のあとがきに書きました。ところが、その本のキャッチコピーに「眞正保守」といふ言葉が使はれてゐて、少々考へさせられました。昔なら、眞正であらうが、元祖であらうが、少しでも多く本を賣らうとする立場の者が「保守」を唱へることなど、あり得なかつたからです。大袈裟に言へば、今昔の感ありでした。

以上から、 昭和36年には、保守はまだ絶對的惡であつた、昭和55年にはさうでもなくなつてゐた、として、大きな間違ひではないやうに思はれますが、その間のいつから、どのやうに變り始めたのか、もう少し詳しく知りたいのですが、どなたかお教へ下さらないでせうか。

餘談ですが、保守が惡でなくなつてから、墮落し始めましたね。なにしろ保守の看板を掲げて商賣になるのですから、樣々なインチキ野郎、いかさま師が紛れ込んで來るのは當然でせう。そのトバッチリとして、久しく惡のレッテルを貼られた人達を贔屓にしてきた私は編輯者時代、何度もひどい目に合ひましたが、西尾先生も苦汁を舐められたことと拜察してゐます。

その昔、我等惡の對極にゐる人を「進歩的文化人」と呼んでゐました。大體において括弧をつけ、こちらは揶揄の意を込めたつもりでした。ところが、桑原武夫――その方のチャンピオン級でした――といふ人のソ聯紀行本の宣傳文句に「進歩的文化人の見た・・・」云々とあり、驚いたことがあります。括弧なしで通り、賣り物になる!

なにやら、今の一部の保守を思はせます。

實際の世の中の動きに關係なく、論壇とやらを遙か遠くから見て感じたことです。

     池田俊二
Posted by 池田俊二 at 2009年11月11日 14:32
 今夜三時過ぎに閲覧するまで、少なくとも四ヶ月は経っていた。暫く平田先生のブログ(↓)閲覧を怠けていたら、かなり更新が進んでいたんだなあ(汗)。今度の新刊についての情報も載っている。
http://hiratafumiaki.blog.so-net.ne.jp/
 毎日閲覧している奥様ブログに先日、西尾先生の街宣動画がリンクされていた(当方未見)。あの静止画を思い出して、なにやら自衛隊での三島由紀夫を連想せぬでもない頃日、平田様も何か喋っていた事を今日、初めて知った。その概要を平田ブログで読んで、件の新刊が猛烈に欲しくなったのである。
 昨日の土曜は『WiLL』2010.1号を買ってきて、真っ先に現代史研究会のを読んだ。そうした伏線あっての事だが、こちらはこちらで自前の妄想(↓)を膨らませた後だから、いっそう新刊を読むのが楽しみになってくる。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-829.html#comment
 感想は…どっちに書こうかな。此処か、奥様ブログか(エントリーの中身次第?)。尤も、書けなくなるほどの衝撃を受ける場合もあるだろうから、差し当たり亀様か誰かの感想が此処に載るまでは、取り敢えず白紙状態って事にして置こうと思う…。
Posted by 苹@泥酔 at 2009年11月29日 05:02
 
 苹@泥酔様

 お久しぶりです。

 ブログをサボっている亀をお許しください。

 25日の憂国忌は盛大でしたよ。補助椅子を出しても立ち見が出るほどでした。


 昨日は学徒出陣慰霊祭に行きました。その後、一部の方々は渋谷にデモ(外国人参政権反対)に行きました。

 深夜に帰宅(汗)したら、デモの写真が参加者から送られてきて多くの参加者だったことを知りました。外国人参政権について国民の意識が危機感を覚えていることの表れで、戦おうと皆が立ち上がったのだと思います。

 次回の坦々塾では、柏原さんのインテリジェンスの講義の後、『保守の怒り』を読んできてからの討論会です。会員全員にこの本を坦々塾から前もってプレゼントします。

 当日の報告の他に、平田文昭さんの文章をいただければ、日録に原稿を載せていただけるようお願いしてみるつもりです。

 苹さんの仰るように戦わずに負けるのでは、どこかの国のようになってしまうということを、大方の国民が理解していないのでしょう。
 
 このところ頭の中がゴッチャになっているので、ブログを更新することをサボってしまって毎日アクセスして下さっている方には申し訳ないと思っています。近々アップしますので、これからもよろしくお願いします。

    亀天
 

Posted by 亀天 at 2009年11月29日 11:40
 こちらこそ、宜敷お願いします。今日は新刊を買ってきました。
 P.264には付録がありました(正誤表)。これが初版本の特徴になるのなら、訂正の前後を比較したい人は今すぐ書店にGO!(と宣伝してみる。)
 そしてP.278。「ユダヤ陰謀論」の太田龍がどんな人か知らないけれど、アメリカで流布した自動車王フォードに比べると、立ち位置はどんな具合なのかしら。〜そんなこんなを思い浮かべながら読むと、グリコみたいに一冊で二度おいしうございます。またP.299には驚きました。まさか西尾先生(と「日録」管理人のセレブ奥様)がハッカー被害に遭ってたなんて?

 P.56にある「よく教育された土人」との表現は、西尾先生の仰有る通り絶妙でした。(以下妄想脱線開始)〜これを教育畑の側から見ると、占領教育のツールには予め英語と国語が組み込まれている。英語は影の植民地教育だし、国語は必殺歪曲教育。漢字から仮名の影響を排除して千年の書字史を隠蔽すれば、後は活字レベルで所謂「保守オヤジ」が勝手に内紛してくれる。その視点たるや精々百年、変体仮名活字以前の歴史など眼中にない。仮名が欧文同様の表音文字であるかの様に印象工作するから漢字との絆が埋め立てられ、その代わり仮名と欧文の距離が陸続きとなる。
(註)…当面の間、私の課題は「調和の顛倒」でやんす(↓)。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7686&range=1
 進歩的国語学者と欧化翼賛者の共同作業百年間で、書字における嘗ての文語常識はほぼ死に絶えた。そんなツールで物事を考えるから、調和体意識のバイアスは自ずから陸続きの方へと向かっていく。とどのつまりは「飛んで火に入る夏の虫」。時間軸の海を渡らずして空間軸の海を渡る結果、留学の深層意識が言語意識の啓蒙的歪曲といっそう相関の度を深めていくとしたら、日本文化の継承なき留学効果は逗留先が中国であれアメリカであれドイツであれ、結局は同じゴールへと行き着く事になる。言語の権力を外から奪うには、先ず内側から奪うに限る。

 …本題はともかく今は差し当たり、精読前の印象速報と脱線話って事で。
Posted by 苹@泥酔 at 2009年12月03日 22:23
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。