2009年10月30日

『GHQ焚書図書開封3』週末に店頭に並びます


『GHQ焚書図書開封3』週末に店頭に並びます

 坦々塾会員の溝口郁夫さんから、西尾先生の『GHQ焚書図書開封3』の写真を送っていただきました。

 この『GHQ焚書図書開封3』の第10章は、坦々塾会員の溝口 郁夫さんが書かれています。

 前書きも一緒に送っていただきましたが、本を読んでのお楽しみということで、今回は目次のみご紹介いたします。


       西尾幹二『GHQ焚書図書開封3』徳間書店 表紙写真.jpg

  目次

第1章 
 
 戦場が日常であったあの時代

第2章  

 戦場の生死と「銃後」の心

第3章  

 空の少年兵と母

第4章  

 開戦直後に真珠湾のそばをすり抜け帰国した日本商船

第5章  

 中国兵が語った「日中戦争」最前線

第6章  

 匪賊になって生き延びた中国逃亡兵

第7章  

 忘れられている日本軍部隊内の「人情」

第8章  

 菊池寛の消された名著『大衆明治史』(1)

第9章  

 菊池寛の消された名著『大衆明治史』(2)

第10章 

 「侵略」や「侵略戦争」の語はいつ誰によって使われだしたのか 



posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 00:00| Comment(2) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 ふと書きたくなった時が余計なお世話の出しゃばり加減にて御座候えば、ちと書きたくなった分だけ余計に暴走の抑制が六つかしい。〜何と云っても今回は、幾度か雑誌の方でも紹介されていた『敗走千里』が第五章と第六章に出てくる。そこが嬉しい三冊目、頭の中では静かな興奮(?)が渦巻いている。
 より正確に云うと、実は興奮と眩暈の区別が付きにくい。雑誌中の紹介で大体の事は読んでいたが、陳子昂…じゃなくて陳子明、よく生き残れたものだと思わぬでもない。軍律が厳しかったら、却って生き残れなかったのかも知れない。
 犬の焼肉を食らう場面では、一つ映画を思い出す。…そう、あれは確か「少林寺」。撮影当時はまだ日中友好って事で、確か冒頭では宗道臣(少林寺拳法の日本側創始者)が紹介されていた。配役等々のテロップは隷書。張遷碑や西狭頌ベースなのが印象的だった。
 その映画で改名前のジェット・リー扮する世俗僧が、師匠の娘の愛犬を殺して食っちまう。殺したのは過失だが、「勿体ない」ってんで丸焼きにする。そこに嗅ぎつけた若手僧達がわらわら集まり、みんなで一緒に食っちまう。ついには師匠(たぶん僧侶だよ)が登場、仏のナントカと言い訳を拵え若手達の行為を黙認する。
 そうした流れが余りに自然で和気藹々、第六章の記述も実は「和気藹々」パターンの一環に過ぎなかったのではないかと…てな訳で別の眩暈を覚えた次第。あの映画の狗肉は実に美味しそうだった。どうやら私は本題からズレた読み方をする癖がある様だ。
 暴走千里の余計な雑感、平に御容赦を願いたい。支那人にとっては彼らなりに自然な感覚というものがあるのだろう。例えば所謂ニーハオ・トイレとか、道端で痰を吐くとか、パジャマ姿で外出するとか…。
Posted by 苹@泥酔 at 2009年11月05日 23:27
苹@泥酔様

 読むのも遅い亀は、今最後の章を読んでいるところです。(汗)

 クジラを食べない国の人は、クジラを食べるのが「変」だと思うでしょうが、犬を食べる国の人とは一緒にして欲しくは無いと思う日本人の私。

 文化の違いは理解出来ないですが、人間を食べるのは、どう考えても「嫌」ですよね。

 全部読んだら、またお返事書きまぁす。

  亀天@坦々塾事務局 大石


Posted by 亀天 at 2009年11月06日 18:01
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