2009年06月19日

「国体の本義」に係わるご講義に思う足立誠之



「国体の本義」に係わるご講義に思う(前篇)   

     坦々塾会員  足立誠之

 2年ほど前から感じ始め最近特にその思いがつよくなっていることがあります。それはオピニオン雑誌が面白くないということです。大分前の「現代」を含めて「正論」「諸君」「Voice」など目次を見ただけでもう読む気になれません。これは私だけの思いではないでしょう。こうした背景が原因で読者離れが進んだ筈で、「現代」「諸君」は廃刊されました。テレビの報道番組、政治番組も同様です。私だけではなく多くの人々はもう見る気がしないでしょう。

 こうした一方、皇室に係わる西尾先生の論文や田母神空幕長解任問題を掲載した雑誌には強い関心による読者の増加が起きました。そこに注目すれば読者が何を求めているのかが分かってくるでしょう。読者は個々の出来事を今までの決まりきった観点から捉えるのではなく、全体の俯瞰図、即ち歴史を含めた時間軸、世界という空間軸の上に統合された全体象から見直すこと、そうした議論を欲しているのです。

 当たり前であるとされてきたことが次々とほころびはじめている中で、今まで描かれてきたことへの疑問が膨れ上がっているにもかかわらず保守系雑誌は過去と同様なアプローチしかしない。自民党も同様です。そうした動きの影響も世の中に及んでいるように見られます。WBCで"サムライジャパン"という言葉が口にされ、表面的には武士道ブームとか言われながらNHK連続テレビドラマは直江兼続を取り上げあたかも"愛"が武士道の究極であるかのような刷り込みを行う。山本常朝の葉隠れの「武士道とは死ぬることと見つけたり」など話題にすらなりません。こうした動きは現実・真実の俯瞰図を覆い隠そうとするたくらみのように見えてしかたがありません。
今年の8月も文芸春秋やNHKは昭和史観"論者による「なぜあの戦争に負けたのか」といった類の文章が氾濫するでしょう。

 我が国で起きている現実・真実をベースとする俯瞰図がどのようにして覆い隠されているのかのアプローチの一つとして我国外交でしばしば使われる"ギクシャク"という言葉のもつ意味を検討してみたいとおもいます。
先日パリ市がダライ・ラマに名誉市民の称号を授与しました。すると例によってNHKが「中仏関係がギクシャクすることが懸念されます」と放送しました。
そこには『"ギクシャク"=悪』ということを外交評価の基準に定めるという一見無意識に見える意識的な意図があるように思われます。結論から言えば。"ぎくしゃく"の一言で我が国外交は劣化し思考は停止するのです。
共和制以降のフランスの「国体の本義」はフランス革命の自由、平等、博愛を核としているはずです。名誉市民称号授与もこの本義に基づくものであり、中国との関係で"ギクシャク"するのも織り込み済みでしょう。
それだけではなく、こうした"ギクシャク"も対中政策の仕掛けの一つとも見られます。

 フランスが中国貿易の拡大を望んでいることは知られていますが、軍備拡大、近代化を図る中国がEUからの武器輸入を強く望み、天安門事件に対応しEUが定めた対中武器禁輸の解除を求める外交戦略をとってきたことは我が国では殆ど知られていません。
中国の政策をこの兵器の輸入追求の観点から見ると中国の外交政策、フランスの対中政策もかなり説明できます。
国際核融合実験施設の候補地占拠で中国が日本の候補地ではなくフランス候補地に投票したのもこの点から説明できます。中国新幹線建設で大臣、政治家の「お願い」しか手段を思いつかない日本に比べフランスが優位にあるのも分かります。フランスはしたたかに"ギクシャク"を対中政策に多用しています。

 現大統領サルコジ氏は大統領候補時代にスーダンのダルフール地方の住民虐殺、ホロコーストの元凶とされるスーダン政府への国連による制裁に対してスーダン政府を支援している中国の姿勢に、北京オリンピック不参加をちらつかせました。フランスだけではなく歴史を見ればイギリスも"ギクシャク"を使って来たと考えられます。
第一次大戦とその終結時には今日のアラブとイスラエルの"ギクシャク"の原因を埋め込み、第二次大戦後のインド植民地の独立の際にはその後のヒンズーとイスラム、インドとパキスタンの対立、"ギクシャク"を埋め込み、香港の中国返還に先立ち急遽香港議会を設けたのも"ギクシャク"埋め込みであり、イギリスが撤収する際には後方爆破をしてから退却するという性癖があるようにもおもえます。

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 アメリカはどうか。USCC(U.s.-China Economic & Security Review Commission、中国経済安全保障レビュー委員会)の議会宛報告書は2002年の第一回報告書から始まる総ての報告書は日本人の目から見れば米中関係に"ギクシャク"を持ち込むものでしょう。

 例えば「中国経済の改革解放が進み経済が・・・・・             

                  (つづく)

         文責:足立誠之

       


posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 15:04| Comment(2) | 坦々塾報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>足立様
いつもするどいご指摘ですね。以前お書きになった蟻の巣の表現も適切で分りやすかったですが、この「ギクシャク」という言葉を使っての外交姿勢のあり方、とても分りやすいです。

日本人は摩擦を嫌いすぎるのですね。
Posted by okusama at 2009年06月19日 21:31
okusamaへ

 本当ですね。人付き合いにも言えることです。「ギクシャク」を恐れていたら、対等な付き合いはできません。

付き合わなくてもいい人なら、「なぁなぁ」で良いと思いますが、外交ではそういうわけにもいきませんもの。

  亀戸天神
Posted by 亀天 at 2009年06月19日 22:19
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