2009年05月18日

日本を語る大講演会

<日本を語る大講演会>

 昨日17日、星陵会館にて「日本を語る大講演会」が行われました。

 新しい歴史教科書の市販本には
三笠宮寛仁親王殿下の特別寄稿をいただいてございますので、知り合いの方にも是非お薦めください。

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会場は満員で、講師の先生方の中味の濃いお話に会場は熱気に包まれていました。


開会挨拶  福地惇副会長

 <講演>
 
1  加地伸行先生  
        「儒教と日本人の精神と」
2  加瀬英明先生  
        「愛国心について」
3  田久保忠衛先生 
        「日米関係の歴史」
4  山正之先生  
        「欧米のアジア植民地支配」
5  西尾幹二先生  
        「米占領支配が消し去った歴史」
6  井尻千男先生  
        「『ナショナルエコノミー』が築いた日本の力」
7  藤岡信勝先生  
        「日本の国家的自立と歴史教科書」

閉会挨拶  杉原誠四郎副会長

 感想文を書き始めましたが、
「歴史教科書市販本の15の視座」をご覧いただいたほうが良いかな・・と思いましたので、亀天感想文はボツ(笑)にしました。

ただ、西尾先生のお話の中でのNHK問題と与党自民党の問題は、お話の途中の、米からの「日本は罪の意識が無い」と指摘された話のあたりから、私ですら、そうではないかと思わされました。
 NHK問題は根が深いと、改めて思いました。


        亀戸天神(坦々塾事務局 大石 朋子)
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 12:27| Comment(7) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめて書き込みます。
つくる会の講演会は面白かったですね。私は西尾先生と井尻先生のお話が面白かったです。

ただ、会場を見ていて、本当にお年寄りが多いですね。若い世代はこういう問題に関心がないんでしょうね…ちょっとさびしい感じもしていました。もう年なのかな(笑)

ちなみに、拓殖大学の日本塾という講座があり、今月はつくる会の藤岡先生がお話されていました。こちらも面白いのですが、若者が…




http://www.takushoku-u.ac.jp/extension/nihon-juku/curriculum.html

興味のある方、ぜひご参加ください。
Posted by 爆音目覚まし@研究室 at 2009年05月19日 19:33


 爆音目覚まし@研究室様へ

 そうですね。お年を召した方が多かったですね。

 若者とは、二人で話すと真剣に話をしてくれるのですが、何人かで話すとちゃかされます。

 根気良く一人ずつ話をしていきたいと思っています。

 息子は中学時代に反省文を書かされてから歴史の授業が嫌いになったと最近になって話してくれました。親として忙しさを理由に子供の教科書を見なかったことを反省しています。

 子育て世代にも日本の歴史を話していかなくてはと思います。

 近所の本屋さん五件に「新しい歴史教科書」を注文してますのに、講演会で買ってしまいました。素晴らしい出来ですよね。
 市販されたら友人のところに配って歩きます。

 拓殖大学の講座も面白そうですね。

 若者がつくる会や拓殖大学の講座を楽しみに参加できるようになるといいですよね。

 爆音目覚ましで心臓麻痺を起こさないように気をつけてください。(笑)


    亀戸天神


Posted by 亀天 at 2009年05月19日 21:17
日本人の歴史教科書我が家にも今日届きました。

昨日の講演会、すごいメンバーだったのですね。地方に居るものとしてはうらやましい限りです。

Posted by okusama at 2009年05月19日 22:42

 
 奥様へ

 本当に都会に居ることは恵まれていることだと思います。

 つくる会の講演は、一人20分という時間の中で凝縮したお話を聞くことができました。

 講演会のお話を思い出しながら、15の視座を読み直しています。

 ただ教科書はともかく、市販本は一般の人に読んでいただきたいので、もう少し簡単な方が良かったかな?いや、教科書部分だけでも読んでくれればいいかな?なんて思っています。

 本当に素晴らしい教科書が出来上がりましたね。

     亀戸天神


Posted by 亀天 at 2009年05月19日 23:54
>亀戸天神さま
本当に印刷物を見るまで気が抜けませんでしたね。

図版も扶桑社から文句を言われないように、工夫されていますし、継承するべきところはちゃんとしてあるし、新しくノーベル賞を受賞した人の名前も書いてあるし・・・・・

今回の教科書を作るにあたって、努力してくださった方々に心から感謝したいと思います。
Posted by okusama at 2009年05月20日 09:10
 先日『日本人の歴史教科書』を買ってきた。…P.102の光悦に目が留まる。伊勢「三輪濃山/如何待見舞/としふとも/たつぬる人も/あらし登於もへ半」、山邊赤人「あ須可ら盤/若菜徒ま牟と/しめし野尓/昨日も今日も/雪八ふり徒ゝ」、その後に僧正遍昭と続くカラー写真が美しい。
 ふと黄文雄『日本語と漢字文明』のP.177やP.183を思い出した。仮名を「真名=漢字に対する仮の文字」と説明し、「男性が漢字、女性がひらがなを使うという風習」云々と書いている。そしてP.47では仮名を「その他の非漢字系の文化」に分類。「漢字を草略すれば非漢字系になるのか?」と訝しむが、勿論そんな意味でない事くらい分かっている(黄先生は仮名を「方法」とも云っている)。だから尚更歯痒い。
 それに比べれば『〜教科書』P.60は無難。ただしP.56の「角張った漢字から日本人の心をとらえる流麗な線が生み出され」云々は危なっかしい。漢字が角張った楷書ばかりでないのはP.102を見れば分かる。四世紀には王羲之が流麗な草書を書いていたし、王献之は連綿草が有名。万葉集以前のいつ頃から「羲之」を「てし」と読む様になったか定かでないが、時代が下がれば行書・草書を思い浮かべるのが自然だろう。
 そもそも国民に「漢字=楷書」との思い込みが定着したのは明治以降の進歩的知識人やGHQなどが寄ってたかって歪曲教育を徹底してきた所為ゆえ、歴史教育で歪曲国語の基幹部分を素通りするのは好ましくない筈。…だから私は黄先生の表現が気になった。誤読する人はさぞ多かろう。真名も平仮名も皆、漢字を仮名として用いた文字である。
 それに私は男手と女手の区別に異論を持っている。男が使ったとか女が使ったとかの「性差別」的印象ではなく、字形の「男の様な“いかつさ”」と「女の様な“たおやかさ”」を形容した語彙ではないかと思っているのだ。しかしそんな説を唱えた本は一度も見た事がない。或いは私の直観が間違っているのかも知れない。…これまで読んだのはどれも明治以後の本ばかりだった。「仮名は女が使った」「女が使ったから女手」と言い出したのは誰だったのか。そしてその思想的背景は?
 『〜教科書』を開きながら、そんな事を考えていた。坦々塾に集う碩学の方々ならどう思うだろうか。懇親会で話の種にでもしていただけるなら幸甚である。仮名を一音一字に改造教育したのは二十世紀の人々であり、そこには印字時代の利便がある反面、予め「歴史の断絶作用」もまた組み込まれている。

(余談)
 本稿は四月のに続く二度目の投稿である。その立場は「伝統の二重喪失者」であり、過去の伝統と現代の伝統のどちらも所有していない日本人(たぶん)。〜「たぶん」と書いたのは、私が日本人の敵でもあるからである。今の日本人は過去の書字文化を必要としないし、また「都会人=日本人」は必ずしも「田舎者=日本人」を必要としない。つまり棲み分けている。喩えるなら「つくる会」と「再生機構」の様に。そして私はどちらの会にも属していない。それも含めるなら、むしろ三重隠遁者の立場に近い。
 何か役立つ事がありそうなら気儘に情報や発想を書き込むが、頭のどこかで「結局は使い捨て」と思っているから要するに「ひねくれている」。だからセレブ奥様と敵対関係にあるらしき天才バカ板にも平気であれこれ書いている。長文ばかりゆえ礼節は総て省略中(だって長くなるんだもん)。
 猜疑心は強い。ただし間が抜けている。いくつになっても右と左を咄嗟に判断できず、「箸を持つ方が右」と頭の中で繰り返す。そうしているうち「箸はどっちの手で持つか」を考えてから「箸を持つ方が〜」へと移る癖がついてきた。もはや廃人同然なのだろう。先日はスーパーで買い物中、「焼プリン」を「猫プリン」と誤読して独り狼狽した。

 …てか私、なんで此処にカキコしてるんだろう?…奥様ブログに書けばいいのに。
 コリャきっと黄先生が坦々塾に出入りしてる所為だ。西尾先生に小一時間、問い詰めて貰いたいのかも知れない。〜ところで、西尾先生の稿にはビックリしたなあ。最後の段落でズバリ書いてるんだもん。ユダヤの暗躍組末裔からクレームが来なきゃいいけど(ウィーゼンタールとか云ったっけ?)。
Posted by 苹@泥酔 at 2009年05月28日 21:39
 お詫びして前稿を一部訂正します。真名は漢字そのもので、仮名ではありません。どうやら真名を真仮名と読み違えてた様で、申し訳ないこってす(平伏)。
 以下整理。
 真仮名の方が、漢字の楷書や行書を仮名として用いる方法の呼称でした。そして草書を用いたのが草仮名で、それを更にくずしたのが平仮名。草略が進むにつれて仮名の字種は減少し、稀には字源の混淆が見られる(例/比と飛、尓と丹)。
 平仮名は明治三十三年に無理矢理(?)分割された。現行の一音一字に割り当てられた字をそのまま平仮名と呼び、残りの排除された平仮名を変体仮名と呼ぶ。
 ただし変体仮名と現行平仮名の境界は稍や曖昧だし、一時期は「可」なども平仮名扱いのまま用いられた。…この際だからボヤいとく。同じ字源の「於」を分割するのには抵抗を感じる。現行平仮名の「え」を読めない人が多いのは字源の「衣」を意識する機会がないからだろうし、「え」と「之」と行書の「元」も今では境界があやうい。「す・な・ふ・ま・も・ら・り」も省略程度によっては平仮名らしく見えなかったり、中には「於」と同様に変体仮名として扱われるケースがある。
 …そんなこんなが頭の中をグルグル回ってるうち、真名と真仮名の区別がつかない状態に陥ったという事なのでしょう。…ところで漢字と云えば、真名、楷書、真書、隷書、正隷、楷隷などの件も(以下脳内ループ)
Posted by 苹 at 2009年05月29日 17:16
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