2009年04月26日

日本国家の『形』を求めて <第四回>

  日本国家の『形』を求めて <第四回>
     ―日本外交再生への提言

   坦々塾会員 馬渕 睦夫  防衛大学校教授
          (前ウクライナ兼モルドバ大使)

  共生的進化論の価値観 
 

 そこで思い出すのは、2005年2月に経済同友会が提言した、共進化の考え方である。同友会の報告書によれば、日本の世界における使命として、日本のソフトパワーを活用して「共進化(相互進化)」の実現を目指すとするものである。「共進化」とは「お互いがお互いに磨きをかけて生成発展し進化する」ことであるとされている。共進化の価値観は、一神教や対立観に基づくものではなく、自然との共生や多様な価値観を包含する日本およびアジアの人々が共有する共生の思想をさらに発展させたものであると報告書で解説されている。しかし、地球上の生物は共生の生態系の枠組みの中で互いの働きかけによって進化を遂げてきたわけであるから、共生の思想を「さらに発展させ」、「共進化」なる概念を新たにつくる必要は必ずしもなく、共生は静的ではなく生物の進化をもたらす動的な概念であると解釈してよいと思われる。よって、私は「共生的進化」という言葉を使用する。この共生的進化の発想はダーウィンの自然淘汰(弱肉強食)による進化論を否定する新たな進化論であり、競争市場主義や市場万能主義に対する極めて説得力のあるアンチテーゼである。人間の進歩にとって競争は必要であるが、それは決して相手を破壊するものであってはならない。一神教文明の危険は実にこの点にある。自然ですら破壊の対象になり、正義の名の下に相手を徹底的に破壊し尽してしまうことすらある。これに対し、日本文明の伝統的な力は、破壊する力ではなくつくり変える力である、と喝破したのは芥川龍之介であるが共生的進化の神髄は相互作用によりお互いをつくり変えながら進化してゆくことであるとも言えよう。とすれば、共生的進化論の価値観は日本の伝統的価値観とぴたり一致している。それゆえ、「弧」の諸国が自由と民主主義に基づき繁栄を達成するのを支援するとの「自由と繁栄の弧」外交にいう「自由」も「民主主義」もまた「繁栄」も各々新たな意義づけが施される必要がある。すなわち自由は経済的自由を含むが倫理的裏づけのある自由であり、民主主義は単に複数政党制等の制度の樹立をもって足るのではなく、分かち合いの精神と惻隠の情といったマインドが伴わなければならない。繁栄は、当然のことながら物質的経済成長だけでなく、生活の充実感や幸福感といった精神的な満足度により重点が置かれるであろう。

 要するに、「弧」の諸国に対し「エスコート・ランナー」として貢献するとの哲学は、これら諸国との共生的進化を目指すものである。「弧」外交はこのような諸点をより明確に認識し、具体的な相互作用、働きかけの施策をもって実践してゆく必要がある。昨年8月グルジア・ロシア紛争が発生したが、これへの対処ぶりは「弧」外交の真価が問われていると言える。武力衝突の直接の原因が何であれ「弧」の中にあって地政学的に極めて重要な位置を占め、またGUAMのメンバーであるグルジアの領土保全のために、欧米と協力しつつ日本の積極的貢献が期待される。仮にロシアが嫌がることは避けることを念頭に置いた事なかれ主義的な対応を行えば、グルジアの失望を招くだけではない。果たしてロシアはこのような日本を国連安保理常任理事国候補としてまじめに取り扱ってくれるであろうか。日本が「弧」外交を公にした後行われたラブロフ・ロシア外相と谷内外務事務次官(当時)との会談は、表敬の性格を超え予定時間をオーバーして「弧」を含む種々の外交課題に関し率直な意見交換が行われたと聞いている。私は「弧」外交イニシアチブのお陰で、ロシアは日本に一目置くようになったのではないかと楽観的に推察している。「弧」は旧ソ連邦構成国等ロシアがいわば勢力圏と見なしている地域も含まれていることから、ロシアとしてはにわかに歓迎できる政策ではなかったと思われるが、それゆえにこそ、日本がこの政策を強く推進しようとの毅然たる態度を示したことに関心を持ち、日本の外交当局との協議に利益を見出したのである。ロシアといかに向き合うかについて、私はウクライナ人から何度も聞かされたことがある。ロシアに対するには無用に挑発したり、刺激することは避けなければならないが、常にタフでなければならない、タフであって初めてロシア人は話し合いの土俵に乗ってくる、そこからすべてすべては始まるのであってタフでなければロシア人はまじめに相手にしない、というものである。何百年にわたりロシアとの共存を強制されてきたウクライナ人は肌身にしみてロシア人のロジックを知っている。日本の対ロシア外交にあたって、大変参考になる見解だと思う。日本がロシアに対しタフであることはロシアを嫌っていることを意味しない。むしろ、ロシアと対等の立場に立つことであり、その意味でロシアに然るべく敬意を表する姿勢と言える。

 「弧」外交の背景には、日本のODAは南南協力により始まったという歴史がある。日本がコロンボ・プランに参加して技術協力を開始し、インドを嚆矢として円借款を供与し始めた1950年代は、日本は世銀から借款を受けている時期であった。日本は当時まだまだ貧しかったにもかかわらず、アジアの一員としてアジア諸国に対する援助を開始した。この経験により、日本は援助の受け手たる発展途上国の苦しみを肌に感じることができたのである。

        (つづく)
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 08:26| Comment(1) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
馬淵教授へ

御論旨に深く感銘、共鳴を受けました。
最後に頼らざるを得ないのは傳統文化であることは間違ひありませんね。
昔、荷風が「過去を重んぜよ。吾等の將來は吾等の過去を除いて何處に頼るべき道があらう」と言つたのは、この點を鋭く見拔き、近代日本の病ひを全身で感じてのことでせう。
近代に於ける、西歐の壓倒的優位、これに對するには、西歐文明の輸入に汲々たらざるを得なかつた(それ以外に道はなかつた)こと、そして、その結果、「歐米中心の價値觀」にある程度支配されざるを得なかつたことは當然でせう。
しかし、その輸入にしても、それが適切に行はれ、成功したのは、我が國の傳統にきちんと基いた場合に限られることを、認識すべきです。
この點は、多分西尾幹二先生の、お若い頃からの、重要なテーマでもあつたと思ひます。
「歐米の價値觀」にしても、これを正しく理解する爲には、我等の傳統を拔きにすることは出來ません。
ところで、話が變つて恐縮ですが、前囘坦々塾でのお話のうち、ユダヤ人起源論は、私には初耳で、ショックを受けました。若い頃からユダヤ、それとの關聯でのキリスト教、延いてはナチズムなどに關心を抱いて來た自分には、世界史のかなりの部分が引つくり返るやうな思ひでした。
失禮ながら、詳しい内容は覺えてゐませんが、相當程度納得させられ、ありさうなことだと思ひました。
そこで、恐縮ですが、次囘坦々塾懇親會の場ででも、もう少しお教へ頂けないでせうか。あるいは、然るべき資料をお示し頂けないでせうか。
よろしく御高配の程願ひ上げます。

Posted by 池田俊二 at 2009年05月01日 19:49
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。