2010年07月12日

中国国防動員法施行と日本の外国人問題足立誠之


  中国国防動員法施行と日本の外国人問題

       坦々塾会員 足立誠之

  毎朝耳にしているNHKラジオ番組「今日は何の日」の6月25日の放送では、昭和25年のその日が朝鮮戦争勃発の日であったことには触れず、野球の展覧試合巨人阪神戦で巨 人のサヨナラ勝ちを放送していました。

 朝鮮戦争を放送するとなると「北朝鮮軍が38度線を突破して韓国に侵入した」北朝鮮の侵略行為を放送しなければなりませんからNHKはどうもそれを避けたのではないかと考えられます。その証拠に、7月8日の 同番組では「1994年のこの日金日成主席が亡くなりました」と放送しているのですから。
 マスコミによる情報の恣意的選択報道が人々の世界観を歪める危険を孕むことは言うまでもありません。
7月11日は参議院選挙の投票日であったのに、それまでの期間の報道はサッカー・ワ ールドカップ、大相撲の野球賭博で殆どがしめられていたのですから首を傾げたくなります。こうしたマスコミ報道の中で特に憂慮されるのが中国報道です。

 日本のマスコミはよほどのことが無い限り中国のマイナス情報は報道しません。

本欄で何度か記しましたが、過去米中間で最大の問題は、NORINCO(北方工業公司) に代表される中国の国営企業が国際条約、協定に違反して大量破壊兵器に係わる技術、部品などを懸念国に輸出し、米国がそうした企業に対して制裁を実施してきたことでした。

 ところがこうした重大問題に日本のマスコミがふれたことは皆無です。因みに米国はそれへの対応策として05年6月大統領令13382を施行し、いざとなればこうした企業やそれを支援する企業に対して資産凍結を実施する権限を財務長官に与え、それ以降中国の対応にも変化が見られたことについては既に記しました

 さて、当7月1日中国は国防動員法(National Defense Mobilization Law of China)を施行しました。

 その詳細すべてについて本欄に記すことはできませんが、要すれば中華人民共和国は非常時においては軍隊や国家機関は勿論、中国の総ての船舶、航空機、私企業、団体、個人も動員することが法律で可能になったということです。

 そして当然のことながら外国に住む中国人も動員の対象であり、一朝ことあれば日本に住む中国人は本国の動因命令一下行動することになるのです。このニュースは主要新聞の電子版を読む限り1紙以外は報道していません。テレビに至ってはNHKは勿論のことどの局も報道していないのです。

 この法律が報道されれば、日本人の殆どは国民の権利と義務について考え直すことになる筈ですが、マスコミはそれを妨げたわけです。
 丁度この時期に日本に来て間もない中国人48人が生活保護を申請し、大阪市がその内32人については既にその支給を開始していたということが判明しました。

 新聞報道によれば、この48人は日本に帰国している残留孤児で共に70歳代の二人の姉
妹の親戚であると言うことで全員福建省から来たものだということです。
 そしてこの48人は大阪入国管理局から在留許可を取得し、身元引き受け人からの援 助が得られないということで直ぐに大阪市に生活保護の申請を提出し、内32人は上記の通り受給を受け、残りも手続き中なのだそうです。

 48人という大量の集団に観光ビザではなく在留許可を与えたというのも腑に落ちません。ましてや入国間もない外国人に生活保護を支給するなど想像外のことであり日本以外の国では難民はともかく絶対にありえないことです
 その上、国防動員法が施行された今、仮に中国が我国を敵対国として同法を発動すれば 、この48人、内32人は日本の税金から支払われる生活保護を受け取りながら本国の命令に従い敵対行動を取ることになるのです。

 日本に住む外国人に対して憲法第25条での生活保護の適用を認めることとなったのは占領終了間もない昭和29年5月8日付け厚生省社会局長通達382号によるものだそうです。
 このようなこと、即ち外国人に対しても同じ基準で生活保護が適用されるというのはおかしいと思うのが当たり前でしょう。

 少し考えればこの大阪のケースは日本人に対するよりも実質的にはもっと有利な恩恵を外国人にあたえていることになります。

 先の国防動員法の例を挙げるまでもなく、国と自国民との関係とその国に住む外国人との関係は全く異なるものです。

 そうした違いを根底に持つのですから国民の権利と義務と外国人のそれとは全く異なるものであることは当然でしょう。

 日本では永住外国人に対しても地方参政権を与えよという議論がありますが、「国から地方へ」という政策が推し進められている今日、ありえない議論でしょう。

 移民受け入れ国の代表であり、永住外国人の地位と権利について成熟した政策を行なっているカナダでも永住外国人に対しては国政は勿論、地方参政権も与えていません

公的機関への就職も厳しく制限され排除されています。
 日本では偽装結婚による永住権の取得など外国人の在留問題に関するトラブルが益々増大 しており混乱が深まっています。それへの対応も憲法第25条を外国人にも適用させるという昭和29年の局長通達などを根拠にしたパッチワーク的な対応に終始しています。

 その原因は先に述べたように、国と自国民との関係、国と外国人との関係が本来異なるものであるということが忘れられていることに起因しています。

 この点をはっきりさせ、良識的でおだやかな外国人の受け入れ態勢を整えていくこと
が今不可欠なのです。(10年7月足立)
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 22:17| 東京 ☀| Comment(1) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月10日

内部告発にみる最高裁の機能不全(=犯罪)と堕落 濱田實



内部告発にみる最高裁の

    機能不全(=犯罪)と堕落


 ・・・「お上」依存が問われる日本社会・・・

          坦々塾会員 浜田 實

友人から教科書に表現されているオーソドックスな三権分立の図は日本の現状を正しく表わしていないのでは?最高裁の一部判事は信用ならない、という質問を受けました。それを証左する情報があります。

 かつて最高裁長官を務めた、学徒動員の生き残りとして、30年余の裁判所での職業人生を中心とした物語である石川義夫氏の著書『思い出すまま』には、「裁判所諸悪の根源は歴代事務総長が最高裁判事に栄進することにある」と公言していたそうです。
ところが、自身が人事局長の時代に、かつて長官の座についた矢口洪一氏は、ある司法修習生を処置するため「〇〇君の成績を悪くしてくれ」と司法研修所教官に頼み込んだことを暴露しています。そのことを「目的のためには手段を選ばない手法」としてその陰険さを指摘しています。この暴露は“オネスト石川ならではのこと”と一高同期生・倉田卓次氏が語っています。
 目的とは、国家、国民にためではなく、ひたすら自分の出世、名誉欲、天下りのことで頭がいっぱいということです。

 つまり彼らは「法の精神」はそっちのけで、人事権を使って“法を支配”した“法匪”の正体であるということです。特権者がこれだと犯罪といえませんか。

 二つ目は、いま最高裁による、憲法違反である裁判官への統制が、おかしな裁判、不当判決、怨嗟の的となっているという最高裁のウラ金にまつわる訴訟問題です(高松
の生田法律事務所が法務大臣宛に告訴。8/4、三回目の公判予定)。 最高裁は文書非公開。その開示を求める裁判がこれであり、2010/1/27 東京地裁に提訴したのです。このウラ金問題は、挙句の果ての問題ですが、こんなことで潤う最高裁では、国民を守れる筈がありません。第二回口頭弁論で、東京地裁が国側に、生田氏の準備書面9通に答えよと、訴訟指揮をしました。
 さて、最高裁は、下級裁判所の指揮にどう答えるのでしょうか?見物です。ご注目ください。

そこには、

・日本の訴訟は「鎖国政策」である。為政者は主権者には行政訴訟させない統制をしている。ドイツなどでは、いくらでも受け付けるが、日本では年間2000件程度。

・権力統制機能の制限は、官僚の横暴を招き、官僚の肥大化・・官僚政治の横行につながっている。
この結果、憲法判断回避の操縦により、国民の主体性が低下し、低成長社会、(真の)情報過疎社会への傾向を促し、かつ国全体の活力を削いでいる。(=国家の不作為、つまり「国富」をそぎ落とすことに貢献)・最高裁はそれら司法への制限だけで安心できず、さらには強力に裁判官を給料、転勤をエサにして協力統制している。この統制は裁判官の独立を妨げるもので憲法違反である。

・極わめつけは、その結果、裁判官は有利な地位につこうとして、最高裁に気に入られるよう率先して競争すること。つまり、国を負かす判決や、無罪判決をしない・・など。
その結果は全国にヒラメ裁判官が横行し、おかしな判決が目立つようになる。

こういうことのようです。

 お上を信じる平均的日本人(特に、徳川幕府の権力のおヒザもとの伝統を美徳とする東京とその周辺の)には信じられないことですが、それが実態のようです。天下の台所、楽市楽座の市場文明国・大阪とその周辺の国民は、お上を疑う人が、伝統的に多いそうです。その割合は、東京とはまるで反対だそうです。

 整理しますが、三権分立の世界にも、日本が近代国家ならざる守旧体質を今に至るも濃厚に有していることが窺われます。教科書表記の問題以前の、裏腹な「矛盾」(=官僚制度の反民主制、シビリアンコントロール拒絶体質)の改革も、日本国家としての大きな政治的課題です。よほど強力な内閣でないと、この問題は対処できません。しかしやらねばなりません。

 民主党内閣が使命とすべきは本来、こういう政策を“純粋”なかたちで改革、執行することにありましたが、蓋を開けてみたら”法の支配”を拒絶する無政府主義者(超左翼政権でもありますが)の体質は、旧政党時代と同じです。 
 
民族国家の解体推進を目論むことに専心しているから、バカな国民もあらためて驚いているわけです。考えてみたら、バカな国民をつくったのも「社会の木鐸精神」を忘れた学者、ジャーナリストに責任があると思います。
 こういう実態は、本来学者、マスコミがしっかりしていれば、隠し通せる問題ではないのですが・・・

 松下幸之助は250年間かけて日本を再建すると云われたそうですが、ここまで国家の屋台骨がおかしくなる(機能不全=犯罪)と、250年も現実に思えてきます。
 もちろん、もっと急がないといけませんが・・・でないと、子孫に申し訳がたたない。
(250年: 25年を第一ラウンド、25年単位で日本をよくする。現実世界は時間がかかるというわけです。しかし鳩山政権を振り返っても、悪くなるのは、それ以上に速い)

 教科書問題なども、本当は上記のようなかたちで、行政手続を踏み、平気で偏向教科書の発行を見逃してきた国側の不作為をこそ問うべきでしょう。
 このアプローチは文明的見地の問題ではないかという気がいたします。
日本社会に、もし文明以前の体質(江戸時代の士農工商)が残っているとすれば、世界から“異端視”され、日本の国益上不幸をもたらします。
こういうことを、じっくり考える必要があるのではないでしょうか。





posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 17:57| 東京 ☀| Comment(0) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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