2009年12月16日

マスコミ人「松本重治氏」の疑惑的な証言 溝口郁夫



 只今、「西尾幹二のインターネット日録」のコメント欄は受け付けをしておりませんので、こちらで紹介させていただきます。

       坦々塾事務局 大石

―――――――○―――――――

 マスコミ人「松本重治氏」の疑惑的な証言

       坦々塾会員 溝口郁夫

 南京大虐殺派の笠原氏は『南京大虐殺否定論13のウソ』(225頁)の中で、マスコミ人の松本重治氏を取り上げている。

 そこでは「南京にいた従軍記者の中に捕虜虐殺や強姦、暴行などを目撃見聞していた人がいたことが紹介されている」と記述するだけである。

 なぜか、「従軍記者」ではなく「同盟通信社上海支局長」であった松本氏のみを取り上げた理由が薄弱である。

 そこで、笠原氏が取り上げた松本氏の過去を調べてみよう。

 昭和五十年、松本氏は『上海時代』(上・中・下)を本多勝一著『中国の旅』発行の三年後に出している。山本七平氏や鈴木明氏から『中国の旅』の出鱈目さが指摘されていた頃である。

 本多氏支援なのか、発行のタイミングが良すぎる。

 南京には十二月十八日から十九日にかけ二日しか滞在したにすぎない松本氏は、回想録で次のように書いている。
(この二日間滞在も疑問であると推測しているが、ここでは不問)

 「・・・私は、本多氏、洞教授、鈴木氏のものを心苦しさを覚えつつも、通読したが、事件の正確な全貌は、なかなかつかめなかった。だからといって、私は反論しようとは思わない。
・・・(同盟通信社)同僚の新井正義、前田雄二、深沢幹蔵の三氏から、参考のため、直接話を聞いた。とくに深沢氏はずっと従軍日記をつけていたので、それも読ませてもらい、大いに参考になった。」(下巻251〜252頁)。

 松本氏は大虐殺が進行している筈の二日間滞在したのであれば、自分でも詳しく当時の様子を書ける筈であるが、それを回避している。何故だろう。

 ここで笠原氏がとりあげなかった前田氏の回想を紹介する。

「また占領後、難民区内で大規模な略奪、暴行、放火があったという外電が流れた。(中略)私たちは顔を見合わせた。新井も堀川も中村農夫も、市内をマメにまわっている写真や映画の誰一人、治安回復後の暴虐については知らなかった。残敵掃討や区内に逃げ込んで潜伏した中国兵の摘発も十四日には終っていたのだ。もしこうした無法行為があったとすれば、ひとり同盟だけではない、各社百名の報道陣の耳目に入らぬはずはなかった」(『戦争の流れの中に−南京大虐殺はなかった』(昭和57年、125頁)。

 松本氏と前田氏のそれぞれの回想のどちらがマスコミ人としての姿勢であろうか。

 なお、松本氏は「ゾルゲ事件」で死刑となった尾崎秀實も関係した「昭和研究会」の世話人である後藤隆之助と上海で会っている(『昭和研究会』86頁)。松本氏も「昭和研究会」のメンバーであり尾崎氏とも上海で接触はあったであろう。

 松本氏が南京事件虐殺派に理解を示す萌芽は、戦前の松本氏の行動からも納得でき、笠原氏が松本氏を取り上げた背景もなんとなくうなずけるのである。   以上


       文責:溝口 郁夫
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 16:24| Comment(1) | 日録へのコメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天皇は国家公務員か 足立誠之



天皇は国家公務員か

坦々塾会員 足立誠之

 中国の習近平国家副主席の天皇陛下への接見の申し入れが所謂"30日ルール"に反して行なわれることになったことが問題となっています。この"30日ルール"は6年前の陛下の前立腺癌手術後から、陛下のお歳、ご健康、ご公務を考えて厳重にまもられてきたものであり、国の大小、重要度に差をつけないことで政治色を排除し憲法の趣旨に沿うとの事で守られてきた経緯があります。

 そのことについて羽毛田宮内庁長官が異例の記者会見を行い明らかにしたことも問題となっています。

12月13日の民法テレビでは与党議員までもが接見がルールに反して行なわれたことは天皇の政治利用だとして強く批判しました。 翌14日には民主党の小沢幹事長が記者会見で次の様に述べ、憲法上の規定、天皇は内閣の助言と承認のもとに国事行為を行うとされていることから今回の接見には何も問題が無いと延べ、さらに一役人(羽毛田長官)が異論を唱えたそうだが、憲法の規定を知っているのか、異論を唱えるならば辞任してから唱えるべきである、と述べています。 

 巷間議論されていることは、今回の接見が天皇の政治利用ではないかとの問題ですが、小沢氏の記者会見はこの一連のことについて憲法上の根本的な問題を提起する興味深いものです。 

 小沢氏は憲法の規定により天皇は内閣の助言と承認のもとに国事行為を行うとされていることから首相が平野官房長官をして羽毛田長官に異例の接見を指示したのでありそのことは何も問題ないとしているのです。

 一方、羽毛田長官は、"30日ルール"を守ることは国の大小に差をつけずに行うことが皇室外交を政治から離れたそれなりに価値のある外交としての意味をもたらすものであり、それをある国が重要であるからといって例外を作ることはこの原則を壊すことになる、として受け入れ難いとしたのですが、二度にわたる要請でしかも最後は首相の意向であるとのことで、内閣に属する長官として受け入れざるをえなかったとしたものです。

 ここでは内閣と羽毛田氏の関係は語られていますが、問題はそこに存在しているわけではありません。

 問題は、この"30日ルール"が天皇陛下が前立腺癌の手術をおこなった6年前から厳格に守られてきていることです。そこにはそれ以降、歴代内閣、外務省、その他の官庁更に在京大使館を含めた中で周知のことであり又そうしたすべての関係者が尊重してきた原則です。そして陛下ご自身もこの「国の大小、関係の深さには関係なく平等にルールを適用することはよいことである」とご認識されておられた筈でしょう。然し陛下におかれてはこのようなことを口にされることはなされないことが慣行であり、そこは宮内庁長官が陛下のご意向を忖度して自らの言葉で表現してきた筈です。 

 仮に陛下が「それではどの国も平等に扱うという原則に反する」として反対のご意向を述べられたら首相はどうするのでしょうか。

 憲法の規定、"助言""承認"のをもって天皇に接見を指示し実行せしめるのか。そうなると、天皇は内閣の下にある一国家公務員にしかすぎなくなります。羽毛田氏はただ原則があるからだめであるといい、それが内閣の絶対命令であるから天皇に接見してもらえといわれたから仕方が無いというのでは宮内庁長官の役割を果たしていないことにならないか。宮内庁長官の役割の最重要点は、この天皇のご意向を忖度して内閣に伝えそれを説得することにあるのではないでしょうか。

 現行憲法ではこうした場合天皇のご発言については明記されていません。それはむしろ内閣が今回のような政治的な判断で天皇の国事行為を無理強いするようなことを想定していないからでしょう。

 ですから羽毛田長官の悩みも大きかったと思います。ことはかくも重大なのです。小沢氏の発言とは全く正反対の意味で辞任覚悟で発言すべきものでしょう。要は今回の政府と小沢氏の一連の動きは天皇を一国家公務員としかみていないことを示しています。そこに実は最大の問題があるのです。

         文責:足立 誠之
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 06:00| Comment(0) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。