2009年12月11日

「『保守の怒り』感想文」等々力 孝一


      「『保守の怒り』感想文」

          坦々塾会員 等々力 孝一

 「保守の怒り」ようやく読了しました。
 唯今、福井先生の感想文を読んだところですが、読了に3日を要したとのこと。私は5日もかかってしまいました。読書時間を集中して取れなかった事情もありましたが、途中で2〜30分考え込んでしまうことが数回はあったことがその原因です。

 また、福井先生の書かれたことは、そっくり私の感想でもあります。
 平田さんは、根源的に正しいことを述べています。しかし、そのことが受け入れに抵抗を感じさせます。そこの「ズレ」は何なのか、考えては読みすすむと、西尾先生の議論とも噛み合いながら、自分の考えも変わっていく、こんな感じの連続でした。

 明日の坦々塾、緊張感もあり、楽しみです。

   12月11日 22:01
                   等々力孝一

posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 22:52| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『保守の怒り』感想 飯田 耕作


     『保守の怒り』感想

       坦々塾会員 飯田 耕作


遅ればせですが討論に必要と思うので要点を舌足らずになりますが率直に述べます。



1)この対談の本の目的は西尾先生が「あとがき」で「平田さんは本書をきっかけに言論界で伸びていってほしい」と言っておられる事にあると思う、それは西尾先生はこの対談の結果の様に言われているが、私も平田さんの講演を以前坦々塾で聞いて異色の論客と思いました、西尾先生はこの対談の前にその評価をしておられたからこの対談をされたのだと思います。

2)平田さんの勉強振りと情報の豊富さに感服しました

その前提ですが


3)現在の保守派の人を批判しているがでは望ましい保守というのは具体的にどのような考えと行動をするものを言うのか。それが平田さんだとすれば同調する人はどの様なグループがいるのか。



4)そして保守に対抗するものは冷戦が終わった今どのグループを言うのですか

5) アメリカとの関係も批判されているがこれも今までは日本の主要輸出国はアメリカであり現状中国を初めアメリカ市場で成り立っている関係及び日本の防衛を考えた場合日米安保などを含めてどの様に対処したらよいのか

6)天皇陛下が象徴に悩まれるのは当たり前でその様な表現をした憲法がおかしい。天皇親政の時期もあったがいろいろ事件が起こっている、摂関政治、戦国時代及び幕府時代武将はなぜ天皇を尊敬していたのか、その理由を良く研究してみる必要があると思います。あの時代の天皇のあり方が一番良かったのではないかと思います、日本は古来祭政一致の国で、天皇は元首で只政治は下僚に任せ、統帥権は武士(軍人)に任せ祭祀に専念される(国民の幸福を日夜祈って頂く)組織を考えるのが良いと思います。



7)平田さんは日本の国の構成をトップからどの様に考えておられるのか、討論の初めから整理すれば構成できるのでしょうが私には整理しきれません。

8) 日本の国のあり方を考えるときに地政学的に考えねばならないと思います、日本の基本は神話だと思いますがこれも地政学が自然に入っていると思います、そこで西尾先生が歴史の始まりを縄文時代においておられるのに賛成です、それは人間が自然と共生している時代で、日本本来の姿と思います、呉善花さんは日本には未だに縄文時代そのままのものが残っていると言われ、私も現実にそれを見ています。

9)さて結論は今のなんともならないほど低落した日本をどうしたらよいかだと思いますが、「保守よ娑婆に出よ」と言っておられますが、批判されたようにそれぞれの思想と行動をしているので、それを直せといっても彼らに直す気持ちはありますまい、

 平田さんの所論からすると思想家とも思えるし、リヤリスト(行動派)とも思えます、深く研究したわけではありませんが、吉田松陰は思想家で高杉晋作は行動派で松陰の弟子ですが松陰は晋作を批判しています、

10)思想家は狂気でなければなれない、革命家は狂気で私心がない人間でないと革命は出来ないと坂本竜馬が言っています、

   リヤリストは狂気では出来ない。

 平田さんの考えと違う点もいろいろありますが今の日本には真実日本を思う革命家が必要です、これからの平田さんの行動の内容とスケジュールを伺えば日本の未来に少し期待が持てるかもしれません。

   以上

posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 21:43| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

西尾先生への手紙 福井 雄三

    西尾幹二先生への手紙

       坦々塾会員 福井 雄三


 「保守の怒り」読了いたしました。私は平素対談集の類を読むときは一気呵成に読み終えることが多く、このたびもその心づもりで読み始めたところ、何と三日もかかってしまったのです。これは単なる対談というにはあまりにも重く、密度の濃い内容でした。提起している問題が多肢多様にわたり、重層的に絡まりあっているため、自分の心を納得させるために、少し読んでは本を閉じて考え、さらに前の箇所に遡って同慶も読み返す必要があったからです。
      
 平田文昭氏のことはこれまでまったく知りませんでしたが、なんという凄い人物ですか。

 先生があとがきの中で「どうしてこういう人が言論界で頭角を現さないのだろうかと不思議だった」と述べておられるとおり、まさに埋もれた知の巨人ですね。あの立花隆など彼に比べれば、色あせてけし飛んでしまりように思えるほどです。私より六歳も年下ですが、いつのまにこれだけの知性と教養を身につけたのかと、ほとほと感嘆させられました.博覧強記にしてしかも理路整然。正確で該博な知識に裏付けられた、思わず舌を巻くほどの説得力。ミクロで緻密な視点に加えて、マクロに将来を見渡す雄大なな構想力。これだけの論客は、現在の保守陣営の中にも見つけるのが難しいでしょう。彼が言論界でもっと脚光を浴びて第一線で論陣を張れば一個の軍隊に匹敵するほどの力を発揮するでしょうに。

 われわれの当面の緊急の課題は、彼を早急に世に送り出すことではないか、と思えてくるほどです。

 明日の坦々塾には平田氏も来られる予定でしょうか.それではまた明日お会いできるのを楽しみにしております。



posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 20:45| Comment(3) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

12月12日勉強会に当たって 足立 誠之


=12月12日勉強会に当たって=

予定説と因果律から成り立つ天皇制尊属の基盤

   坦々塾会員 足立誠之

 正論1月号に書かれた工学院大学教授松浦光信氏の論文「平成臣民論」を読み、天皇制について考えました。読んで大雑把な内容ですが氏の論文を私なりに次のように受け止めました。氏は北畠親房の神皇正統記を取り上げ、それは一種の放伐論に陥るのではないかとの見方を照会し、更に山崎闇斎から周の武王に言及し、そのすえに吉田松陰を引き合い、にしています。

 氏の議論は臣下が天皇の徳をが論じることは臣下の卑しさを露呈するものであり、ひたすら天皇に忠節を尽くすべしとの結論のように受け止められます。 こうした論理には何かいかにもこじつけのように感じられ、私にはどうもピンとこないのです。

 氏は七代将軍吉宗が暗愚な長男を後継にしたことを以ってお家騒動を避けるためには徳を以ってではなく長子を原則として家督を引き継ぐのが至当ということまで天皇の徳を臣下が論ずべきでない理由としています。然し、武烈帝のケースや承久の乱のケースは例外的なものであり、天皇の継承の際に常に徳が問題とされるものでもありません。
武烈帝や承久の変、後醍醐天皇と南北朝なども例外的なものとしてみることができるでしょう。

 氏の説明で特に目を引いた点は、キリスト教のマタイ伝まで引用していることです 。

即ち神は絶対であり人がどれほど神を祈っても、善行を重ねても神の及ぼす力に影響を与えるものではない、とされることです。宗教学上「予定説」と言われるもので、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が之に当たるとされています。神は絶対であり人がその絶対の神の意志を変えることはあり得ないのです。

 之に対して仏教は、「因果律」が支配しているといものであり、儒教も大きな意味では同様でしょう。孟子の易姓革命論、放伐はそれです。

氏の天皇論、忠義論は天皇は絶対であるという点でそれは臣下の徳を云々することを超越したものであるという点でキリスト教と同様「予定説」です。これと対比されるのが孟子の易姓革命即ち因果律です。

 因果律の支配する中国では一つの王朝が永続することはありませんでした。又、ヨーロッパでは神が絶対であるということから王権神授説が登場しました。然しその王権神授説に則った王室は現在はそんざいしません。
18世紀に現れたルソーやモンテスキューの啓蒙思想がそうした王権神授説を打ち破ったとのことですが、そもそも現実世界と予定説はなじまないと考えられます。

 つまり「予定説」を王権の根拠とする王室制度は現実世界では非常にフラジャイルなものであることを歴史が示しています。
しからば天皇制(これを共産党が始めに用いたことからその使用をとがめる向きもありますが、敢えて使用します)は何故かくも長い間続いてきたのか。ここからは私見です。
それは天皇制が予定説と因果律を融合した柔構造の上に成り立っているからであると考えられます。

 承久の変に際しての北条泰時と北条義時の間でかわされた有名な問答、若し主上が錦の御旗を持って征伐に当たられたらどうすべきかという問いに「その時は下馬しひれ伏して恭順の意を示す他はない」と応えているわけで、正に予定説と因果律が柔構造として成立しているわけです。

 日本の皇室制度、天皇制が他の世界に類を見ないほど続いている秘密はこの予定説と因果律が融合した柔構造にあると私は考えます。
そして予定説、因果律いずれも「信ずる」ことから成り立つものであり、その信仰はそれ自体についての是非を議論することは余り意味がないでしょう。
日本の天皇制が続いた理由はこうした予定説、因果律を柔構造ならしめる備えがあったことも重要でしょう。複数の宮家がそんざいしていたことはその予定説的なものと因果律的なものとの重層的な柔構造を組み込む"手段"となっていたと考えられます。
仮に因果律で天皇が替わったように見えてもそれは別の天皇に引き継がれるわけであり、易姓革命は存在しないからです。
所いわゆる 女系天皇の問題も、この「信じる」という点から日本ではいちどとしてあったことがないのであり、それは正に予定説的存在でしょう。

 日本の天皇制だけがこれほど長く続いている理由はそのような予定説と因果律を融合したものであるからですが、その奥底にあるものはそれがおおくの人にとり常識的なものであり捨て去り難いものであるからであり、しかもその形において人々が安心して信じられるからでしょう。予定説のみが支配していても、因果律だけが支配していても天皇制は尊属できないと私は考えます。
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 19:31| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「保守の怒り」について 和田 正美


       「保守の怒り」について

         坦々塾会員 和田 正美

 本書を一気に読み通す時間が無く、部分的に読ませていただきました。ですから以下のことは本書全体への感想とは思わないで下さい。

 @保守という言葉が幾つかの意味で使われていて、焦点を合わせにくいと感じました。「のびやかで堅実な生活を望む心、文化や伝統を声高に唱えはしないけれど、日々の生活そのものに伝統が生き、文化が根づいている、そういう『普通の生活者』たち」(平田氏)は美しい表現であり、「もの言わぬ、しかし堅実な日本人生活者ーーそれこそが保守」(同)に通じていますけれど、この視点がもう少し生かされていればよかったと思います。それからこういう生活者が自由主義や個人主義を信奉しているとは限らないのではないでしょうか。

 A「東京裁判にこだわることは、東京裁判の思考枠に自国の歴史を閉じ込めてしまう」(平田氏)とありますが、それならどうすれば東京裁判を批判することが出来るのですか。

 B「権力がなくなったのではなくて、権力はある」「その権力はアメリカだった」(西尾氏)は最近の状況に照らして正しいようですね。早くも20年位前に江藤淳が似たようなことを言っておりました。

 C「十字軍的な動機みたいなものがあって、アメリカの戦争には何かヨーロッパとは異質のものが私には感じられる」「アメリカはとてつもない宗教国家ーー野蛮で、衝動的な対応の仕方」と西尾氏は言いますが、日米関係について考えるときにはこの事を頭に置くべきだと思います。

 D歴史を通して心ある日本人は天皇といえども駄目なのは駄目としてしりぞけたという平田氏の指摘は痛快です。たとえば後醍醐天皇はどう見ても政治的 野望に取り憑かれた好色な君主であり、後醍醐シロ・尊氏クロという図式はおかしいと思います。

 E「靖国神社で慰霊祭をやるときの最大の問題は、たとえば東京大空襲とか、広島、長崎の原爆とか『非命に斃れたる者』のお祭りができないことです」(平田氏)は私の年来の疑問に応えるものです。戦争の犠牲者は狭義の戦没者だけではありません。

 F「(朝鮮の問題で日本は)いいこともした、悪いこともしたと、どっちだっていいだろう、何が文句があるんだ、と言え」と西尾氏は述べておりますが、賛成です。ただ逆の場合も考えておいた方がいいでしょうね。アメリカ人に、戦争末期の日本人虐殺や占領期のおける言論検閲、焚書などの悪事を突きつけて、「何が文句があるんだ」と開き直られたら、我々はどう対応すればよいのか?

 G西尾、平田両先生に見られる憂国の志は見事です。我々はそれを受けて自分の中の憂国の志を新たにすべきでしょう。その際心しなければならないのは、人によって憂国の形が異なることです。その点、晩年の三島由紀夫が憂国の士は自分だけだと思い込んだのは困ったことでした。本書でインチキ保守として実名を挙げられた人達の反応を知りたいような気もします。


     
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 18:52| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『保守の怒り』について 石部 勝彦


       『保守の怒り』について  
                   
           坦々塾会員 石部 勝彦

 第一章 保守の自滅……の部分について

 冒頭(12ページ)西尾先生は、〈「保守」とは、自分の今の暮らしや民主主義政治や対米外交や経済繁栄を大切にしているはずの日本人の精神的姿勢のことです。〉と言われ、それを受けて平田氏も、〈先生が言われた「保守」という言葉は「昭和戦後期に達成した豊かな暮らしを維持したい」という現状維持の精神的姿勢、いわゆる「生活保守」の思想と行動を指すと思います。〉と言われた上で、〈一方で政治における保守勢力や保守思想というものもあります。(中略)この保守という言葉をもう少し解体してみたいと思います。〉と言っておられます。そこで平田氏は、〈保守的な生き方は歴史を通じて常にありましたが、自ら「保守」と名乗る勢力は戦前にはありませんでした。それは明治政府が革命政権だったからですが、その革命を維新と呼んだことも保守という自己規定の成り立ちを難しくしました。〉と言われます。私はここでいささか引っかかりました。明治維新は「革命」だったのでしょうか。その定義の仕方によるのかもしれませんが、私はそうではないと思います。倒幕勢力が掲げたのは「王政復古」だったのですから、むしろ逆なのではないでしょうか。もしかしたら「大政奉還」を認めず、武力を行使して討伐しようとしたところを「革命」と見なそうとされているのかもしれませんが、私はそれは違うと思います。しかし、この最後の部分については、私も同意いたします。ただ、この議論は本題から外れることになると思いますので、元に戻したいと思います。先の部分に続けて平田氏は、〈保守勢力は大日本帝国体制が敵によって倒された戦後に生まれたもので、これは占領と共産主義に対抗して日本を守るために、まず最初は戦前自由主義者と呼ばれた勢力が中心となり、それに戦前の体制派と「維新派」が、合体して確立されてきたものです。〉と論じておられます。
この部分、私は理解に苦しんでおります。先ず、保守勢力は戦後に生まれたもので戦前にはなかったとのことですが、戦前は殆んど全体が保守勢力だったので、西尾先生の言われるように「保守vs革新の対立」がなかっただけだったのではないでしょうか。次に、「共産主義に対抗して」というところは分かりますが、「占領に対抗」する勢力などあったのでしょうか。さらに、〈(保守勢力は)戦前自由主義者と呼ばれた勢力が中心となり〉と言われますが、これらの人々はGHQの占領政策に協力したのではなかったでしょうか。この人々を保守派と呼ぶのでしょうか。(さらにこの部分での「維新派」とは何を指すのか、私には分からないのですが、それへの質問はやめておきます。)どうやら「保守」という言葉について、私が理解しているつもりのものと平田氏のそれとの間にはかなりの違いがあるようです。私の考えを言わなくてはならなくなったようです。西尾先生も〈戦後に誕生した保守は要するに「反共」ということだったと思います。反共プラス親米のことで、これが容共プラス親ソと対決している構図でした。〉と言われ、これを受けた平田氏がさらに論を進められ、その最後で〈自民党政権は2009年夏に崩壊しましたが、これは保守政党(らしきもの)の崩壊であるだけでなく、戦後型保守言論人・国民運動体の崩壊でもあります。〉とまとめておられます。ここに至る部分についても私にはよく分からないところがいくつもあるのですが、それらを取り上げることはもうやめて、「保守」についての私の考えているところを申し上げたいと思います。
 私は、「保守」という言葉の本来の意味は、エドモンド・バークが言っているという(私がバークの思想を勉強したわけではありませんが)「その国の歴史や伝統に基づいたその国の本来の姿を大切に考えそれを保持しようとする思想」ではないかと考えております。そうすると日本の場合は、縄文以来のそれはそれは長い年月をかけて、この共通の土地に暮らすことになったほぼ一つの民族が育て作り上げてきた、他に比べられるものがないような素晴らしい一つの文明(私はこれを「日本文明」と呼びたいと思っているのですが)を大切に守り育てていこうとする考え方ではないかと思います。こんなことは戦前の日本人にとっては当たり前のことであったと思います。わざわざ「保守」などと言う必要はなかったのです。保守勢力が存在しなかったのも当然のことでした。私は、あの戦争のアメリカにとっての本当の意味は、この「日本文明」の影響がアジアに広がっていくことが白人の世界支配にとっての脅威だと考えたがゆえに、これを抹殺しようとしたところにあったのではないかと考えております。あの戦争を戦った日本人は、将兵のみならずすべての日本人は、この「日本文明」を守るためにこそ戦ったのだと思います。このことを知らなくては、あの戦争の日本人にとっての意味が抹殺されてしまうことになると思います。日本人は昭和20年8月15日に戦争は終わったと考えていると思いますが、アメリカはそうは考えませんでした。アメリカの戦争目的は「日本文明」を抹殺することでした。アメリカはそのために全力を挙げました。そのためにこそ占領の7年間が必要だったのでした。私の言う「保守」が存在し得るはずはありませんでした。アメリカが何のために「憲法」を押し付け、「東京裁判」を実施したのかを考えれば、容易に理解できることだと思います。「反共」というような「保守まがいのもの」はあったかもしれません。しかし、これを「保守」と考えてはいけないのだと思います。自民党は、憲法改正を謳ったところは評価できますが、それを実行しようとしない以上は「保守」とは言えません。とにかく、アメリカがそう仕向けたように、戦前の日本は悪い国であり、それをアメリカによってよい国にしてもらったと考えている人間が多数を占めている限り、日本は駄目なのです。まだまだ言いたいことがあるのですが、ここでの私の結論を言うならば、「保守が自滅した」というのは「保守まがいのもの」のことであって、本当の「保守」はほとんど存在していなかったのであって、これから作っていかなければならないと思うのです。


 第二章 皇室の危機……の部分について

 私も、今上陛下の憲法についてのご発言には不安を感じておりました。しかし、皇太子殿下のご振舞に比べては殆んど深刻に考えてはきませんでした。いま、平田氏のご意見を伺い、衝撃を受けたと言わざるを得ません。そして平田氏のご指摘は殆んど正しいと思います。しかし、それでも私は今上陛下を責める気にはなれません。それは、陛下も時代の申し子だと思うからです。陛下も「戦後民主主義教育」をどっぷり受けられたのだと思います。学習院は安倍能成院長の下で少しはましな教育が行われていると思っていましたが、やはりその埒外ではなかったようです。橋本明氏が親しいご学友であったというのでは、推して知るべしだと考えざるを得ません。大きく言えば、大江健三郎氏と同じ教育環境の中におられたのです。それでは宮中ではどうだったのでしょうか。昭和天皇には杉浦重剛という立派な人物が教育係として付いていたそうですが、今上陛下にはそれに匹敵する人物がおられたのでしょうか。終戦時の小学生時代には穂積重遠氏が付いておられたそうで、この方なら大丈夫だと思いますが、その後すぐに小泉信三氏に代わられたそうです。この小泉氏はどうなのか。私はいささか訝しく思っております。何しろ教材としては「ジョージ5世伝」を用いて、立憲君主制のあり方をお教えしたそうです。日本の皇室のあり方ではなくてイギリスの王室のあり方をお教えしたということです。それにバイニング夫人が加わりました。これは致命的なことでアメリカの民主主義がたっぷり教え込まれたと思います。はたして日本の皇室のあり方は正しく伝えられたのでしょうか。形式的なことは宮内庁の役人がしたことだと思いますが、その本質的なことはどのようにして伝えられたのかと考えてしまいます。昭和天皇から直接教えられた部分はあったと思いますが、それで十分と言えるのかどうか。私はこの部分に大変な不安を抱いているのです。これは今上陛下の責任ではありません。もし皇太子殿下への今上陛下ご夫妻の教育の責任を言われるのであれば、小泉氏やバイニング夫人の教育を許した昭和天皇の責任も問われなければならないと思います。そうした大きな状況を前提に考えるならば、今上陛下と皇后陛下はよくやって下さったと言わなければならないと思うのです。問題はこれからだと思います。いま、両陛下の周りにはどれほどの方がおられるのでしょうか。信頼できる相談相手がおられるのでしょうか。宮内庁の役人というものはその任に堪えうる存在ではないように思えてなりません。皇太子ご夫妻のことを考えるともっと深刻です。教育を担当する立派なお付きの方がおられたのでしょうか。浜尾実という侍従の方がおられたのですが、この方は工学部出身だしカトリック教徒だそうです。日本の皇室のあり方をお教えできたのでしょうか。いや、私が心配していることは、これからの問題としても、例えば悠仁親王のために立派な教育掛りを求めたとしても、例えば杉浦重剛のような存在はどこにもおられないような気がしてならないのです。やはり時代のなせる業ではないかと思います。もうそういう人材は枯渇しているのではないかと思うのです。またもう一つ、仮にそのような方がおられたとして、例えば西尾先生をどなたかが推薦しても、それを国民が認めるという状況にはないと思うのです。やはり時代だと思うのです。ですから、私の申上げたいことを結論的に申し上げるならば、天皇や皇太子に対してだけその正しいあり方を求めることには無理があるのではないかということです。勿論、ただ有難がっているのではなく、皇室のあり方について在野から積極的に発言していくことは必要だし、それをお聞きになって考えて下さると有難いことなのですが、私たちにとってもっと大切だと思うことは、国民全体の意識を変えていかなければならないということだと思うのです。つまり、皇室を中心に持つ「日本文明」の素晴らしさを大多数の日本国民が自覚しそれを誇りに思えるようになれば、皇室自身も必然的にそれにふさわしいものになっていくだろうと思うのです。気が長いようですが、私はこれしかないと思っています。もう一度言いますが、国民全体の意識が圧倒的に自虐的・嫌日的である中で、皇室にだけ本来の姿を求めようとしても、それは無理だと思うのです。いまはじっと辛抱、必要なことについては声を挙げつつも、将来を見据えて、希望を見失わず、それぞれの自らできることを根気強くしっかりやっていくしかないのだと思います。
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 18:12| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「『保守』の怒りを讀んで」等を讀んで 池田 俊二



    「『保守』の怒りを讀んで」等を讀んで

        坦々塾会員 池田 俊二


 ○濱田 實さん

 「現下の皇室のすがたは、國民の心の反映であると同時に、國民のすがたも、その反映である」――100%同感です。我等バカ國民があつてこそ、皇室もあのやうなていたらくとなるのでせう。その國民の内、例外的にバカでない西尾先生が、バカの典型「あり難や保守」から「朝敵」のレッテルを貼られたのは名譽でせう。先生はこれを尊稱として、ありがたくお受けになるべきだと思ひます。
「眞正保守」といふ言葉をあまり使ひたくないとのこと、私も同樣です。私は保守といふ言葉には食傷し、アレルギーを起してゐます。なにしろ、「保守」の看板を掲げて商賣が成立つやうになつて久しく、當然のこととして、樣々のペテン師、いかさま師が流れ込んで來て百鬼夜行の態です。昭和36年に西尾先生(當時、先生はたしか26歳)の短文を讀んで電撃感銘を受け、この人こそ、將來の保守反動の旗手と期待したことは、前に本欄に書きました。「保守」に對して、一般が強いアレルギーを抱いてゐた時代です。先生にとつては、あの頃の方が今よりずつと、ものが書きやすかつたのではないでせうか。
「おかしな日本社会」となつた原因には「マスコミの不作為」がある――たしかに、さういふ面もありませう。しかし、根本は我等國民のバカさ加減にあるのではないでせうか。國民の程度を正確に反映すること、皇室もマスコミも同じだと思ひます。

 ○小川揚司さん

 「二人は本物の思想家」――勿論、私もさう感じました。しかし、本物と僞物の區別はむづかしく、ときに間違ふこともあります。私は編輯者時代、何度か僞物を掴まされました。『眞贋の洞察』は感銘深く讀みましたが、「洞察」するには、相當の知識を蓄へ、感性を磨く他ないやうですね。安直に、これは眞、これは贋と「仕分け」出來るやうな方法があるといいのですが。

 ○鈴木敏明さん

 「現在の日本及び日本人にほとんど絶望」――同感ですが、私の場合、「ほとんど」の4文字を除きたいくらゐです。
天皇の政治的發言を今まで御存じなかつた? 前囘の坦々塾で、西尾先生が、輕くではありますが、お觸れになつたと記憶してゐますが。私はそれ以前から知つてゐましたが、特に腹も立たず、いかにも今上らしいと思ひました。即位の際、「日本國憲法を遵守し・・・」とおつしやつた時は、天皇は憲法などを超えた存在であるべきなのに、なんでそんな餘計なことを宣ふのかと、相當腹が立ちましたが。序でながら、私は今上が大嫌ひです(我等國民の「心」を「反映」してをられるのですから、と言ふことは、自分自身が大嫌ひといふことになりますが)。主な理由は、戰後民主主義の香が芬々たることです。「先帝の在しし參賀想ふのみ」――平成4年に作つた拙句です。1月2日の一般參賀、あんな天皇の許に行くものか、といふ句意です。朝敵だか不敬だかと言はれても、私には、このやうに發言する權利があると信じてゐます。今から50年前に福田恆存が書いた「象徴を論ず」に次のやうな一節があります。

天皇は人間になつたと言ふ。それなら、一人の人間が多くの人間の「象徴」になるといふことがどうして起り得るのか。國民一人一人の「象徴」でなく全國民が一體になる同胞感の「象徴」であるといふのなら、どうして生身の人間が同胞感などといふ抽象的な屬性の「象徴」たることが出來るだらうか。
「象徴」といふものはない。「元首」なら存在する。・・・「元首」なら、たとへ、個人的に氣に食はぬ「元首」がゐてもさしつかへはない。が、「象徴」では、しかも私たちの總意による國民統合の「象徴」と言はれては、さうはいかぬし、また氣に食ふ、食はぬの埒外のものとなる。・・・すなはち、天皇の神格化ではなく、その單なる非人間化が起りつつあるのだ。

私も非人間化はよろしくないと考へます。そこで、「個人的に氣に食はぬ」と申したい。しかし、神武天皇の血を引いてをられるゆゑをもつて、今上を重んじます。「血統が全て」とおつしやつたのは、たしか故萩野貞樹先生でしたね。

 ○伊藤悠可さん

 「平田文昭さんが脇差に手をかけており、両刀差しの先生が後ろに腕組み」――私も正にそのやうに感じましたが、このやうな見事な比喩は思ひもつきませんでした。毎度のことながら、悠可さんの底深い思想と卓拔な表現力には深甚なる敬意を表します。

 ○渡辺 望さん

 タイトルは正確には、「保守への怒り」、更には、「保守と思ひ込んでゐる保守への怒り」であるべきだとの御説、御尤もです。私は更に、上記の理由で、出來れば「保守」も避けて頂きたかつた。しかし、それは無理な注文ですね。

人樣の感想に感心してゐるうちに、自身の感想を申し上げる餘裕がなくなつてしまひました。1點だけ申し上げて終りにします。

西尾 あなた今すごいこと言ったじゃない。キリスト教に基づく平和・人権用のNPO化する皇室、すごいこというね。
平田 これはあれを見ていると、多くの後進国にいる上流階級、おセレブの姿にしか見えないんですよ。長い歴史を持つ神話からつながつている皇室というのではなくて・・・。
西尾 大変なことだよ、これは。今あなたがうかつにぽろっと言ったけれど。後進国の上流階級のセレブみたいなものになっちゃっていると、私も東宮家をみてい
るとそう思うんですよ。・・・

實に「すごい」内容です。シャープな觀察にほとほと敬服しました。しかし、同時に、西尾先生の「すごいこと言ったじやない」「いまあなたがうかつにぽろっと」には可笑しくなりました。ほんたうは先生が御自分の方からおつしやりたいことを、平田さんに言はせてゐるやうにも感じられたからです。さうだとすると、先生、ずるい。さうでなければお許し下さい。

明日、皆さんのお話を樂しみにしてゐます。

     12月11日     池田 俊二




posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 18:06| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「保守の怒り」を読んで 濱田 實


    『保守の怒り』を読んで(感想)

       坦々塾会員 濱田 實

 一気に読みました。この引き込まれる理由は何か?と考えたのですが、お二人とも、現下の「危機」に毅然と立ち向かっている論を述べているからだと思います。

 保守の問題に限って言えば、私は終始、隔靴掻痒を超えて、何事も奇麗事で済ます所行に大きな疑問を抱いておりました。これはいうなれば一種の「情報隠し」であり、現実の社会行動において蓋をし、国民をメクラにする所行であり、見ようによってはGHQが為した態度と相似しているのではないかと思いました。それはいまのマスコミがこぞって「情報隠し」を組織だって行っていることでご理解いただけると思います。さらにそれはマスコミの世界だけでなく、学者の世界、企業の世界にも沈潜する極めて憂鬱な問題でもあります。その態度は賞味期限を越えた食品の如きものとも云えます。

 私達が天皇、皇室に対していかなる思慕、尊崇の念を抱くかといえば、それは伝統に秘められた神話に基づくかたちなき我が国独自の「理念」に共鳴するからであり、深い理念に連なるところの一貫したお振舞いにこそ、その一点を観るからにほかなりません。その意味で、とりわけ天皇、皇后両陛下ならびに、側近の皇族の方々に、君徳を求めるのはごく自然な感情ではないでしょうか。昔から、皇室のすがたは、君民お互いの立場から、それは鏡の如しと云われるように、現下の皇室のすがたは、国民の心の反映であると同時に、国民のすがたも、その逆の反映であるとも云われております。

 平田氏が云うところの「有り難や保守」と云われる方たちが一切の皇室に対する批判を許さないという言説を展開しておりますが、まるで子供のように無邪気な論立てに、いささか食傷気味でした。言動のすべてがゲマインシャフトのみで、現実と遊離している。というか、ゲゼルシャフトとのバランスに欠ける態度は、欧米との会話がまるで通じない鳩山政権を思わせるものがあります。
自分の世界だけで論じているのです(彼らの云わんとする論点はママ理解できますが、あまりに稚拙すぎて・・・・話になりません)。

 現実世界には現実世界の規範、ルールというものがあり、現実ならざる世界との微妙なバランスを考えるところに、現実社会を御する大人の妙、知恵というものがあるのではないでしょうか。
彼らの天皇観を何度も考えたのですが、私の判断は、彼らの天皇観、皇室観というものが、いつの間にか、皇室の理念を忘れて、現象的な、自分たちと同じ現象人間として、あたたかく見守る態度に化しているのではないかと思うに至りました。その程度が深まり、もはや言論でどうにもならなくなったとき、三島由紀夫に象徴される社会的事件が起こるのです。

 思えば私達が何ゆえに日本を愛するかといえば、それは、どう考えても現象的な変化無常の日本ではなく、現象を超え、伝統に裏付けされたところの理念の、類稀なき価値に「信」と「誇り」と「崇敬」の想いを抱いているからにほかなりません。
西尾先生、平田さんが、批判を覚悟でラジカルに発言しているのも、そのギャップが最早、限度を超えたからこその止むを得ない心情から発していることを強く確信します。「有り難や保守」の方たちは、その深読みができず、西尾先生らを不忠の徒、国賊・・と汚い言葉を浴びせるのです。それも軽い言葉で・・・

 書中、グローバリゼーションや国際政治、とりわけ欧米に対する言説については基本的に同感です。
ただそれは日本からの立場から論じたところが大部分と思います。それは日本人であれば当然の態度ですが、今は徳川鎖国時代ではありませんので、相手の土俵から鳥瞰的に物事を考え、日本も近代資本主義の恩恵を少なからず受けているという現実を考えたとき、日本自体がそもそも、国際ルールに反した天動説的行動に堕していることろはないのか、そういう観点から自己を眺めることも必要ではないかと思う次第です。それは決して自虐的というものではなく、あくまで社会科学的観点からの鳥瞰的な合理的観察というものであります。

 例えば保守人の多くが、キッシンジャーやブレジンスキーという名前を耳にすると、
実に安易な評価をして、アメリカにおける世界支配の黒幕だと切り捨てるところがあります。彼ら最高のインテリゲンチャにおいても、学者としての態度と、政権に取りこまれた態度とはもって異なるところがなければなりません。
欧米人の場合、一般的にその切り替えが判然とするのに反して、日本人の場合は、切り替えが「未分化」という側面があるのではないでしょうか。
西尾先生、平田さんには、もし続編対談のご計画があるようでしたら、我々の提示するテーマにも触れていただけますと幸いです。

 私なりに種々の学者、ジャーナリストなどの本も読みましたが、その殆どが、「壁」の意識が希薄なのです。
思えば皇室の問題も、「壁」をキーワードにして考察してみると、昭和天皇は明確に「壁」を意識するでもなく、自然に元首としての堂々としたお振舞いをされていました。「みなの幸せを・・・」という「みな」という言葉の使い方は、まさにその表れでも
ありました。そこには、現前と犯すことのできない「壁」が存在しました。
東宮問題はひとことで云えば、まさに「壁」の崩壊を象徴するものであり、真正保守(あまり使いたくない言葉ですが)の人たちの違和感と苛立ちの原点がそこにありました。皇族はパブリックな存在そのもの、という毅然とした認識が必要であることは云うまでもありません。

 この「壁」の問題ですが、国際関係においては、「壁」を強く意識したうえでのグローバリズムという、適切な距離感を持つことが肝心ではないかと思います。
マッカーサーがかつて「日本人12歳説」を公言しましたが、大きな意味で考えれば彼のこの説は、悔しいけれども、今なお通用するのではないか、とへんなところで感心しております。

 全体として、一部?と思うところもありますが、いろいろ教えられるところもあり、勉強になりました。

 最後に、このように、おかしな日本社会ができた原因のひとつに、マスコミの不作為が深く内在していると思います。
来年のある時期、ある重要な(かつビッグな)マスコミ問題が浮上すると思います。

 坦々会メンバーは、鳥瞰的、合理的姿勢をますます強固にし、鋭さを増して、軟弱保守の盲点を補完することに努めてまいりましょう。

 雑駁ですが、私の感想といたします。
                                     M田 實


posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 05:29| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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