2009年12月22日

COP15が終わって 小池広行



    COP15が終わって

     坦々塾会員 小池広行

 連日の新聞報道のとおり、各国の駆け引きは壮絶なものでした。

 辛うじてまとまった(しかし「採択」はされなかった)「コペンハーゲン合意」(Copenhagen Accord)の評価はまちまちですが、最大のGHG排出国である米中とインド、ブラジルなど新興国をなんとか形だけでも取り込んだという意味では最低の合格点は取ったとも見られ、例えば国連事務総長は、「出発点」として努めて肯定的に評価しているようです(ただし、2010年初めには、法的拘束力を持った合意にする必要あり)。

 一方開発途上国を含む多くの国は今回拘束力のある合意文書を採択できなかったことや、米国など大国中心の取りまとめ方に不平、不満で、COP15は失敗だったと評価しているようです。温暖化による海面上昇などで最も被害を受ける小島や最貧国が強い不満を表明しているのは当然でしょう。環境NGOたちは、具体的な削減目標が示されなかったことで、「歯のない失敗」(toothless failure)と酷評しています。

 しかし、会議が終わってみてはっきりしたのは、米中が、うまく切り抜けた、逆に言えば、両国にうまくしてやられた、というのが率直な印象で、米中の作戦勝ち、とくに中国の粘り勝ちが目立ちます。オバマも、消極的な議会と、頑固な中国の間で苦労したのでしょうが、結果的には予期した結果を得て満足しているはず。やはり米中(Chimerica)はしたたかで、今後も要注意。

 日本政府と日本人にとっては、良い勉強になったのでは?(京都会議の失敗を繰りかえすな、との思いはあったはず) 勝負はこれからで、作戦の抜本的建て直しが不可欠。ただ、今回鳩山さんが早々と「25%削減」と巨額の財政支援(3年間で1兆7500億円)という2つの切り札を切ってしまったので、さて今後どうするか? 振り上げたナタはやはり国内(日本人)の問題として残り、他の政策同様混沌とすること、まちがいない。(涙)

文責 小池 広行
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 19:26| Comment(0) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月20日

「天皇は国家公務員か」を読んで 池田 俊二



   「天皇は国家公務員か」を読んで

        坦々塾会員 池田 俊二


 足立誠之さんと河内隆彌さんの「天皇は國家公務員か」、感銘深く拜讀致しました。實に鋭い御指摘で、小澤發言を論理的につき詰めれば國家公務員といふことになりますね。更には政權與黨の小澤幹事長の方が天皇より上といふことにもなります。癪に障りながらも、このやうな筋道の通つた考へは、私には到底できませんでした。お二人に深甚なる敬意を表します。

 ところで、「筋道の通つた考へ」といへば、數日前、この問題について、全く別の視點からですが、ある先輩の筋の通つたお教へに接して、目から鱗の思ひを致しました。

 先輩曰く「日本國内ではとかく天皇を輕視しがちだが、諸外國の國家元首や最高指導者からは天皇拜謁の強い要望が常にある」。「國際序列では、エリザベス女王やローマ法王でさへ天皇の下座になることが多い」(その具體的事例が、國ごとの儀禮に即して説明してありました)。

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      ダイアナ妃

 私ははっとしました。天皇が世界の中で、それほど高い位置にをられる(高い價値を持つてをられる)とは、それまで考へてもみなかつたからです。

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      オバマ大統領


     タイの王族、ソムサワリー殿下所.jpg

      タイの王族、ソムサワーリ殿下

 そこで、先輩に申しました「天皇の世界的權威、威力は核兵器にも劣りませんね。習近平に對しては、天皇に拜謁を乞ふなら、東支那海から一切手を引け、あるいは、(支那が)北朝鮮を脅迫して、責任を持つて拉致被害者全員を日本に歸させろくらゐの條件をつけてもいいですね」。 實際、支那共産黨内で熾烈な權力鬪爭にあけくれる習近平には、それほどのプラスだ、恩に着せてやるべきだと思へてきたのでした。

 ところが、先輩から「そんな露骨なことを言つてはいけない」と嚴しく叱られてしまひました。

 そして諄々と諭されました。曰く「今囘の事件は、小澤がどうの30日ルールがどうのといふこと以上に、日本の子供に天皇の國際的價値を認識させるまたとない機會」「中國が共産主義を國是とするなら、天皇は第一の打倒對象。また中國の日ごろの主張からすれば、天皇は日本による中國『侵掠』の大元締のはず。その共産主義『被侵掠國』の最高幹部の一人が、なんと天皇陛下に會ひたいといふことの意味を考へる必要あり」「天皇陛下はさういふ存在なのだといふことを國民はもつと認識すべきだ」等々。

 私は直ちに先輩に對してシャッポを脱ぎました。もつとも、私は國家要路にあるわけでなく、一市井人(從つて、自身には失ふべきなにものもなし)なのだから、要路にある方々が天皇の「價値」を十分認識してゐないと思はれる場合、多少「露骨な」指摘をしても、國益を害することはなからうとの思ひもありましたが。

 皆樣はどうお考へでせうか。



posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 00:42| Comment(1) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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