2009年11月11日

『GHQ焚書図書開封3』 宮崎正弘

 坦々塾会員でもある宮崎正弘さんのメルマガに、書評が掲載されていました。宮崎さんに許可をいただきましたので、以下に転載させていただきます。


  西尾幹二『GHQ焚書図書開封3』(徳間書店)
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       西尾幹二『GHQ焚書図書開封3』徳間書店 表紙写真.jpg


 待ちに待った第三弾。読み始めたら止まらない。

 大げさではなく、小生のような戦後生まれの人間にとって、戦時中のベストセラーのことを知るよしもなく、ましてや当時の国民の心情を同世代感覚で把握も出来ていない。戦後、GHQの政策と歩調を合わせた日教組教育はひたすら「戦争が悪い、戦争中は暗かった」という一点でのみ教え、特攻隊は無駄な犬死にだったと戦後世代を洗脳した。

 GHQは民族の英雄を教えることを禁止した。

 だから現代日本人ヤングは驚くなかれ、東郷平八郎も西郷隆盛もしらない。まして楠木正成って誰ですか?

 西尾さんが中心となって、「新しい歴史教科書をつくる会」運動を立ち上げられ、ようやくにして正常の教科書が登場したが、GHQの洗脳状態から抜けない大新聞、マスコミ、日教組などの妨害によってこの日本人による日本人のための歴史教科書の採択が思うように進まない。

 本書はシリーズ第三弾となり、焚書図書のなかでも、今度は日本軍兵士らが描き出した戦場と戦況と、その凜とした振る舞いとを伝える。

 文中、何カ所も感動的な場面があるが、田母神元空幕長の講演を引いた興味深い箇所に新鮮な驚きを覚えた。
田母神閣下は、つぎの講演を何処かでされた。
「忠臣蔵を討ち入りの場面から始めたら意味がない。その前の経緯をのべ、いかに赤穂浪士らの心理的変化があり、忠臣としての義挙に及ばざるを得ないかを書くから全体像がわかり、かつ歴史がりかいできる。それと同様に、真珠湾から物語を始めたら、それ以前の日本がいかに艱難辛苦を乗り越え欧米の差別と虐めに耐え、それでもなぜ立ち上がらざるを得なくなったのかの行程、その歴史的必然かがわかる」。

 広島の反省碑の文言もばかげている。
 「過ちは繰り返しません」ではなく、あれは「広島を忘れるな」と変更してしかるべきであろう。

 さて本書の冒頭にいきなり戦場を描写する『一等兵戦死』からの引用があるのだが、その文章の素晴らしさ、凜とした文体、おそらく戦記文学をよく描いた、かの石川達三の陰影描写よりも濃く、感動的である。

 (砲兵陣地では)「雨が瀟々と降りしきって、竹林には砂煙が低く這い」、「しくしくと寒さが濡れた靴底」、「馬はうめいてもろくもざさりと倒れた。死んでいた」、「雨雲をゆすぶって砲声は響き、豆を煎るような小銃の音は朝まで続いた」
日本軍兵士は戦後GHQやサヨクや、そして中国がつくったプロパガンダ映画のような鬼ではなく、人情豊かな、凜として日本人だった。正義を信じ、邪悪を嫌い、大儀に準じた。

いまでは映画にさえ基準があって、日本軍は残酷に描くが、欧米ならびにソ連兵が残虐であったシーンがない。日本軍を評価する場面や描写は描かれなくなり、つまり『ひめゆりの塔』は良いが、『氷雪の門』はいけないということになり、上映映画館から撤去された。水島総監督の東京裁判の映画は自主上映で全国を回った。
こうなると日本に表現の自由さえ脅かされていることになる。
いろいろなことを考えながら、第三弾を読み進めている。



  < 宮崎正弘の近刊 >http://miyazaki.xii.jp/saisinkan/index.html

宮崎正弘+内田良平研究会編
『シナ人とは何かーー内田良平の『支那観』を読む』(展転社、定価1995円)




posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 17:55| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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