2009年08月23日

『「権力の不在」は国を滅ぼす』足立誠之


『「権力の不在」は国を滅ぼす』を読んで  

坦々塾会員 足立誠之

 余りに異常、常識外のことがこの国では当たり前のようにまかり通っています。それが何に由来するのか、本書は語りかけてくれます。
「歴史は現在、将来と結びついており切り離すことはできない」と。それは自らの歴史を失った国民は自らの現在と将来を失うことになるということです。 

 長い時間軸と世界的な空間軸の中での自国の歴史の俯瞰図を持たない国民は現在と将来の自国の俯瞰図を描くことは出来ないということでしょう。

今の日本の所謂"指導層""有識者層"が国際問題とその我国とのつながりに余りにも無知である理由は自国の歴史を歩幅の広い時間軸と世界地図の上で俯瞰し位置づけることなしに与えられた「額縁入り」の所謂"歴史"として自らの歴史を失っていることに起因しています。

 スペインに征服された中南米のインディオ、オーストラリア人により征服されたアボリジニ、アメリカにより制服されたハワイのポリネシア人などは今や自らの歴史を持ち得ない情況であり、アイデンティティを喪失しています。嘗て中国大陸を支配した満州族も同様です。
日本がアメリカが作った「額縁入り」の"歴史"を"自らの歴史"として受け入れることは
こうした先例と同様なことになるのです。

 自らの歴史を喪失し、更に皇室が揺らげば日本人のアイデンティティは失われるでしょう。
あの戦争が終わった3年後に私は小学校に入学しました。
そこで担任の先生が「我々が今日生きていられること、アジアが植民地から解放されたことは戦争で亡くなられた兵隊さんたちのお陰です。なくなられた兵隊さんたちもそれがあって満足されておられる筈である。亡くなられた兵隊さんたちに感謝しなければいけません」「今日の日本があるのはあのとき天皇陛下がご聖断をくだされたからである。陛下に感謝しなければいけません」と我々に日頃教えてくださいました。
そのことを思いだすとあの時、「未だ日本は精神的に負けてはいなかったのだ」という思いにいたります。戦争には負けても自らのアイデンティティを必死に守っていたのです。
私は日本の総理大臣は靖国神社に参拝して欲しいと思っていました。

 今年の全国戦没者追悼式典で麻生首相は、ただ亡くなられた英霊に中身のない追悼の意を述べた上にアジアの人々、植民地支配への反省と思われる挨拶を述べました。それは小学校の先生が教えてくださった英霊への追悼とは180度違うものでした。

 私はこういう挨拶をする輩はたとえ首相であっても靖国神社に参拝させてはならないと思うのです。

         文責:足立誠之
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 23:27| Comment(2) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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