2009年08月11日

萩野先生の最後の授業  池田俊二


 坦々塾会員 池田 俊二


 産經抄は私も讀みました。「最後の授業」は、私は聽講してゐません(當時、未だ坦々塾に入れて頂いてゐなかつたので)が、萩野先生は我が國語問題での師(と勝手に決めてゐました)でしたので、産經抄を呼んで懷しかつたのは、大石さんと同じです。
以下、懷しく思ひ出したことを、アットランダムに列擧致します。

@今から7〜8年前になるでせうか、西尾先生に「先生は歴史的假名遣、正字で原稿をお書きになるべきです」と申し上げ、「それをやつてゐたら、商賣にならなん!」と御不興を買ひました。

A「江戸のダイナミズム」が『諸君!』に連載中、西尾先生から、「今度、現代かなづかい肯定論を書いたので、讀んでおけ」とのお電話を頂き、衝撃を受けた私は萩野先生に相談したところ、「そのやうだ。とにかく、實物を讀んでからのことにしよう」とおつしやいました。

B「實物」を讀んで、納得できず、かなり不滿だつた私は西尾先生に對して、手紙や電話でしつこく異義申立てをしました。西尾先生はその都度叮嚀に誠實に對應して下さいましたが、最後に「その點は、萩野さんの意見も聞いてみたら?」とおつしやいました。ここが西尾先生のフェアなところでせう。また「あなたたち(萩野先生と池田)が共同戰線を張るのなら、僕も對策を考へなくてはならない」などと、冗談も言はれました。

C萩野先生にお願ひしてお送り頂いたのは、西尾論文に對する、萩野先生の反論でした。『諸君!』に寄稿したところ、ボツになつた由。
(以上A〜Cについては、拙著『日本語を知らない俳人たち』に詳しく書きました)。

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 池田俊二さんの著書 
    『日本語を知らない俳人たち』(PHP)

D『江戸のダイナミズム』が本になつた際、(我々の異論のせゐかどうかは、お聞きしてゐませんが)かなづかひ論の部分はかなり改善されたと感じました。しかし、若干の不滿も殘りました。たとへば、明治6年における歴史的假名遣の學校教育への導入と、昭和21年の「現代かなづかい」が同日に論じれれてゐることなど(私は、兩者は決定的に違ふ、前者にあつて後者にないのは「志」だと考へます)。

Eその感想を、萩野先生に申し上げたところ(『江戸のダイナミズム』出版記念會への出缺問ひ合せをかねて)、「とにかく、偉いものだと壓倒される思ひで、簡單な禮状1本も出してゐません。假名遣の問題は、それはそれとして、別に論ずればいいと思ひます」との御返事を頂きました。

F同書に「心ある國語學者」として、また「快著」(『歪められた日本神話』)の著者として、萩野先生が登場されたのを私が喜んだことは言ふまでもありません。

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萩野先生のご著書
    『歪められた日本神話』(PHP新書)

皆樣には興味のないことかもしれませんが、個人的思ひ出を申し上げました。

       文責:池田 俊二
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 19:55| Comment(1) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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