2009年06月02日

原子力ビジネスからみえる国際政治第二回

「原子力ビジネスからみえる国際政治」

第二回


   坦々塾会員 平田文昭

平成19年頃から、我が国は原子力発電技術に優れている、という論がにわかに登場しては来なかったでしょうか。

外務省のウェブサイトには、「「中央公論」平成20年12月号「外交最前線」より転載 外交最前線 原子力の平和利用のキーワード「3S」」が掲載されています。「原子力の平和利用と日本外交について、小溝泰義在ウィーン国際機関日本政府代表部大使に聞いた」という記事です。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/iken/08/0811.html

さて、ロシアとの原子力協定の締結にあたり、日本政府がアメリカ政府と協議しなかったとは考えられません。外務省の記録をみてみると、きちんと手が打たれていることがわかります。

Asahi-netでは早くも平成19年1月10日、次のような記事を載せています。
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/k9/190114.htm
米での原発建設に協力、日米閣僚合意へ 2007年01月10日02時51分
 「日米両政府は、原子力発電所の建設推進の協力や技術連携などの行動計画を策定する。訪米中の甘利経済産業相が9日、ボドマン米エネルギー長官と会談し、合意する。米国での原発建設にあたって、日本企業への貿易保険の適用や核燃料の再処理技術の協力などを盛り込み、今年4月までに行動計画を作成する見通しだ。
 米国では100基以上の原発が稼働し、今後も約30基の新規建設計画がある。しかし、79年のスリーマイル島原発事故以降、新規建設は30年近く途絶えており、ノウハウを持つ日本側との協力が不可欠になっていた。
 計画では、1基あたり数千億円の費用がかかる原発建設の際に、米政府は債務保証や減税などを実施し、日本政府は日本企業が海外との投資や貿易での損害を補償する貿易保険を適用するなどの内容になる見通しだ。
 産業界では昨年、東芝によるウェスチングハウスの買収、日立製作所とゼネラル・エレクトリック(GE)による原発事業の統合が決まり、日米連携が進んでいるが、日米政府間でも連携して資金、技術両面で後押しすることで一致した。」

平成19年4月24日付で 「今般、甘利経済産業大臣、伊吹文部科学大臣及び麻生外務大臣は、米国エネルギー省ボドマン長官と「日米原子力エネルギー共同行動計画」を策定し署名した」ことが発表されています。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/atom/j_u_kyodo.html

平成19年4月27日に発表された「日米首脳会談の概要」によれば、安倍首相の訪米に際して、「4月24日に甘利経産大臣から発表のあった日米原子力エネルギー共同行動計画に基づく協力の方針が確認され」ています。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_abe/usa_me_07/j_usa_gai.html

2007年4月30日23:12 産経新聞は、「ウラン輸入4割確保へ  丸紅の勝俣宣夫社長らがウラン鉱山の権益確保で、東芝の西田厚聡社長は原発建設事業での協力で、それぞれ国営「カザトムプロム」と合意。日本側がカザフのウラン燃料加工や、軽水炉建設計画に技術協力をすることでも一致した。(共同)」と報じています。

甘利経産大臣(当時)は、ブログ「国会レポート112号 2007年5月13日」で「連休中、ウズベキスタン・カザフスタン・サウジアラビアと資源外交を展開してきました。大臣就任以来、「世界は資源争奪戦に入っている。民間に任せて傍観しているだけでは日本のエネルギー戦略は手遅れになる。」 と宣言してきましたので、入念な準備の下訪問し、各国で元首級の歓迎を受け、多大な成果を挙げる事ができました。
私は原子力発電にアゲインストの風が吹きまくる中でも、その必要性を訴え、先頭に立ってきました。その結果、日本は細々とではあったにせよ、この十年間先進国の中で新規原発を立地した唯一の国ということになりました。その努力が原子力の技術を維持し、世界が原子力回帰に大きく舵を切った昨今、エネルギー外交上の大きな武器となりました。
昨今は原子力反対の急先鋒の環境団体 『グリーンピース』 の理論的後ろ盾といわれたジェームス・ラブロック博士ですら、「温暖化から地球を救えるのは原子力しかない。たとえ、裏切り者と言われようとこの主張は変えない!」 と宣言されたように、世界は一挙に原子力推進に舵を切り出しました。
 一連の資源外交を、めったに政治家を褒めない朝日新聞や毎日新聞までが 『多大な成果』 と報じてくれたのには、風雪に耐え、信じた道を邁進してきた事が報われた思いでした。」
http://www.amari-akira.com/diet/report20070513_0112.html

平成19年11月16日には、「福田康夫日本国内閣総理大臣及びジョージ・W・ブッシュ米国大統領は、2007年11月16日、ワシントンにて会談した。両首脳は、日本及び米国が、エネルギー安全保障、クリーン開発及び気候変動に対処するために緊密な協力と協調を続けていくことを再確認した。」として、「エネルギー安全保障、クリーン開発及び気候変動に関する日米協力ファクトシート」が発表されています。その末尾に「アジア太平洋地域において原子力エネルギーへの関心が高まっていることに照らして、温室効果ガスを排出しないクリーンな発電の選択肢を、核不拡散、原子力安全、核セキュリティを確保しつつ提供するため、国際原子力エネルギーパートナーシップ及び日米原子力エネルギー共同行動計画の下、原子力エネルギー分野での協力を更に促進する。」と書かれています。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/kiko/kc_fs_0711.html

さらに前の記事を探してみると、こういうものもでてきます。
「外務省は最近の米国の原子力事情について、8月分米国紙の報道をもとにとりまとめ、公表した。・・・プルトニウムを積荷した連邦政府のトラックがサウス・カロライナ州に入らないように、同州のジム・ホッジス知事が州境を封鎖する計画を立てるよう、ハイウェイ・パトロールに指示したという話題である。これは、クリントン政権が核兵器用プルトニウムについて、同州の施設でMOX燃料やガラス固化体への加工を行った上で、州外に移転するとの計画を立てていたことに対し、ブッシュ政権では予算上の制約から、加工後も同州で一時貯蔵を行うとの方針が示されたため、大量のプルトニウムの積荷を処理計画のないまま同州に受け入れることは永久貯蔵へと繋がりかねないと州知事が判断した結果の措置である。(2001年8月11日付ニューヨーク・タイムズによる)。
 更に(3)は、米露保有の核弾頭から取り出された100トンのプルトニウムを、MOX燃料として民間の原発で燃焼させるか、高レベル放射性廃棄物と混ぜて使用不可能にする「固定化」を行う計画がクリントン政権下で構想されていたが、米露の協力によりロシアでのプルトニウムの管理の安全性が向上した結果、ブッシュ政権ではこの計画が再検討される可能性が出てきたという内容である。(2001年8月21日付ニューヨーク・タイムズによる)。【外務省】」
http://www.eic.or.jp/news/?act=view&serial=1396

オバマ政権が、第二次(隠れ)クリントン政権の様相を呈していますから、私たちはクリントン政権時代の政策についても思い出しておく必要があります。

以上をうまくまとめた資料があります。資源エネルギー庁が平成19年に作成した「我が国原子力産業の国際展開支援」です。
該当部分: http://www.enecho.meti.go.jp/policy/nuclear/pptfiles/0602-7.pdf
全体: http://www.enecho.meti.go.jp/policy/nuclear/pptfiles/zenntai.pdf


さて、もう一度日露原子力協定に戻ります。5月13日に麻生首相とプーチン首相が協定に調印しました。これを報ずる日経にはこうあります。「日本は唯一の被爆国という立場から二国間協定に署名した各国に対し、必ずしも必要ではない国際原子力機関(IAEA)の査察受入れなど厳格な管理体制を求めている。・・・これまでロシア側はIAEAの査察受入れなどには難色を示していた。」

いままで原子力ビジネスの下ごしらえについて長々紹介してきましたが、全ての帰着するところはここです。アメリカが原子力協定で相手国に対しIAEAの査察受入れを要求すれば、反発をうけるでしょう。しかしIAEA査察を全面的に受入れ、核武装もしていないしその気もない日本なら、それが言えます。しかも日本の技術は各国が欲しがっています。チェルノブイリを起こしたロシアが自国の原発に信頼性をつけるには、日本の協力という外装が必要です。

我が国はアメリカに原爆を落とされて虐殺されながら、それをアメリカによる核管理正当化の盾として使われています。同時にそういう形でしか、日本の原子力ビジネスが展開できない構造がつくられています。日本の原子力技術は素晴らしい、やっぱり金融でなく「ものづくり」だ、との自慢話は随分聞かされましたが、「ものづくり」が生かされる構造を自分達の手でつくりあげる、それが外交だ、という考えかたは、ついぞ聞きません。

以上の紹介で明らかなように、原子力発電ビジネスへのシフトは、ブッシュ・ジュニア第二期の後半から明らかに進められていました。ということは方針の決定はもっと前からなされていたとみなければなりません。その変化がアメリカの対外政策にも反映しているとみなければなりません。北朝鮮のミサイルという一地点の事象にばかりに目を奪われるのでなく、世界地図を脳裏において考えることが必要なのではないか、と思います。

イランにもアメリカにもイスラエルにも、様々な利害が対立しているのですから、ある企画がすんなり実現するものでもありません。しかし中東を考えるとき、北朝鮮の核とミサイルとの関連か、「テロリストの温床」といったアメリカメディアの宣伝を丸呑みしたような発想でなく、日々の新聞で見つけることのできる情報から、新しい動きを想定してみる、ということが必要なのではないでしょうか。

(つづく)
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 21:04| Comment(0) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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