2009年04月24日

日本国家の『形』を求めて <第二回>

 日本国家の『形』を求めて 
     ―日本外交再生への提言 <第二回>

    坦々塾会員 馬渕 睦夫  防衛大学校教授
           (前ウクライナ兼モルドバ大使)

   「弧」の精神 

 「弧」外交は自由や民主主義といったいわゆる普遍的な価値観をこの地域諸国に普及させることを狙いとするイデオロギー外交ではない。「弧」外交の神髄は「エスコート・ランナー」(伴走者)の哲学にある。前記の通り、日本は自由と繁栄の国づくりのために協力するのであるが、それは「エスコート・ランナー」として協力しようという平等観の思想が特色である。

 なぜ日本は「エスコート・ランナー」たり得るのか。それは、日本自身が非白人国家として近代化に最初に成功した国だったからである。言うまでもなく、欧米諸国は近代化したが、それは「欧米化」ではなかった。非白人国家にとって近代化とは欧米化のことであり、である以上「欧米化」の経験がない欧米諸国は、現在の発展途上国の国づくりの困難を自分のこととして理解し得ない。日本は自らの経験に照らし、これら諸国の近代化(欧米化)の苦しみを皮膚感覚として理解できる。苦しみの最大のものは、近代化と伝統文化(自国のアイデンティティー)との両立である。日本はこの問題に対し自らの経験に基づき有効な処方箋を提示できる。これが欧米諸国と日本との最大の違いであり、この違いはいくら強調してもし過ぎることがない。

 大使在任中、私はウクライナの要人に対し、機会あるごとにウクライナの伝統文化に基づく民主化や市場経済化の必要性を説いてきた。なぜなら、国家の安定的な改革発展のためには、まず自らの長所を伸ばすことに重点を置くべきであり、何が長所であるかは自らの伝統文化の中にこそ見出されるものだからである。彼らからは異口同音に、欧米の大使は判で押したように、欧米スタンダードに合わせるため、これをせよあれを直せと説教じみた話をするが、日本大使の話は欧米の大使とは違った目新しい視点であり興味があるとの反応が返ってきた。

 日本は国づくりという長いマラソンを走っているこれら諸国の「エスコート・ランナー」伴走者)である以上、相手国の国づくりの具体的な進捗情況を見ながら、スピードを調整しつつ相手と共に走らなければならない。これは援助の次元でいえば、「相手の顔が見える援助」と言うこともできる。日本の援助は「顔が見えない」とよく批判されてきたが、相手の顔を見ながら援助を行えば、自ずと日本の顔も見えてくるはずである。私はまず相手の顔をよく見て、その結果として自らの顔も見えてくる、というアプローチが正道であると思っている。日本の顔を見せよう見せようと力むと、時に独善的と受け取られたり、傲慢に映ってしまう危険がある。

 モルドバの援助関係者から一度ならず聞かされたことであるが、欧米の援助にありがちな形として、援助資金がコンサルタント等の欧米の専門家の高額な人件費に殆んど取られてしまい、自分たちの国に残るものは少ないと批判していた。同じことは、ウクライナでも経験した。例えば、日本政府の拠出による世銀の社会開発プロジェクトの主要な中味はコンサルタント経費で、米国人コンサルタントが高額のコンサルタント料を取っていた。援助国がコンサルタントを派遣すること自体は批判されるべきことではないが、要は、これらコンサルタントが相手の顔を十分見ようと心がけているかどうかである。この点に関しては、日本人専門家の方が優れているのではないかと思っている。

 新興援助国として躍進著しい中国のこれら両国に対する援助にも問題があった。モルドバのある閣僚は「中国は聞こえのいいことを言うが、なかなか実行はしてくれない」と私に漏らしていたし、ウクライナでは、中国政府は政府間の援助協力協定を結ばず(したがってウクライナ政府の優先部門と関係なしに)、種々の団体に資金供与を行っていたが、かかる方式は現金のばらまきになる危険が伴っている。中国は近代化のプロセスを十分経ないで(ということは、近代化と伝統文化との両立の苦しみを経験しないで)、急激な外資の導入によりいきなり世界の工場になってしまった。かかる経済発展が果たして中国自身にとって幸いであったのかどうか、検証される意義はあろう。今後中国としては、発展途上国の苦悩にどれだけ共感できるかが課題となると思われる。    

      (つづく)
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 00:57| Comment(0) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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