2009年04月23日

日本国家の『形』を求めて <第一回>

 

 今回から馬渕睦夫さんの「日本国家の『形』を求めて」を連載をさせていただきます。外交フォーラム2009年5月号に掲載されているもので、外交フォーラムさんに了承いただきまして、当ブログに掲載させていただけることとなりました。



日本国家の『形』を求めて
       ―日本外交再生への提言  <第一回>

    坦々塾会員 馬渕 睦夫  防衛大学校教授
         (前ウクライナ兼モルドバ大使)


 豊かな歴史と伝統を持つ日本は、国際社会において多大な貢献を成すことができる。
キーワードは「共生的進化」と「形」の重要性だ。
日本外交を再生し、「自由と繁栄の弧」を達成するための積極的提言



「『自由と繁栄の弧』という日本の新たな外交原則は、日本外交におけるウクライナの位置づけを変更し、ウクライナが自らをバルト・黒海・カスピ海地域におけるリーダーの一国として名乗りを挙げる新たなチャンスを与えてくれた」。クリニチ駐日ウクライナ大使がウクライナの日刊紙ジェニに対するインタビュー(2007年8月22日付)で語った言葉である。

麻生総理が外務大臣当時の2006年11月30日に「自由と繁栄の弧」構想を発表されたとき、私は大使としてウクライナに駐在していた。この構想は、バルト諸国からウクライナ、コーカサス、中央アジアそして朝鮮半島まで、ユーラシア大陸の弧を形成する諸国が、自由、民主主義、市場経済等の普遍的価値観に基づき国づくりと繁栄を達成するために、日本が積極的に協力することを謳ったものである。クリニチ大使の言葉に象徴されるウクライナの高揚した雰囲気が実感された。タラシューク外務大臣(当時)は早速麻生大臣宛に書簡を発出しウクライナ政府の高い評価を伝達した。「弧」に属する地域を担当していたベゼロフスキー外務次官と私は顔を合わせるたびに「弧」外交について意見を交換するのが日課のようになっていた。

またこの一環として、この地域における民主主義や市場経済への移行への協力を目的とする地域機関と日本との協力関係の構築も始まった。すなわち、翌2007年6月にはグルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバが加盟するGUAMと日本との初めての対話がバクーでのGUAM首脳会議の機会を捉え行われた。さらに九月には対GUAM協力として東京において加盟国の実務者を招いて省エネルギー・セミナーが開催された。これらの対話やセミナー等の協力プロジェクトはその後も着実に継続されている。最近では、今年2月に東京において第四回目・GUAM対話(外務次官級のナショナルコーディネーター・レベル)が行われ、日・GUAM関係を「対話」と「協力」を柱に今後いっそう強化してゆくことが確認された。さらに、三月に来日したティモシェンコ・ウクライナ首相は麻生総理との会談において、「自由と繁栄の弧」の考え方に高い評価を示した。

「自由と繁栄の弧」構想は戦後の日本外交の中でも独自の発想に基づく特筆すべき外交イニシアティブであった。「弧」構想に秘められた日本外交の哲学は、今後日本が発展させてゆくべき外交ビジョンの基盤を提供している。

         (つづく)
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 17:22| Comment(0) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月18日

「人間はなぜ戦争するのか」


鈴木敏明

坦々塾会員 (70歳、元会社員)


 この質問は、非常に難しい問題です。これまでに有名な学者や政治家など、だれも明快な回答を示した人はいないと思います。皆さんの中で明快な回答をした著名人を知っていたら教えてください。そこで無名な私があえて、幼稚な答えかもしれないと思いつつ私の意見を披露することにしました。皆さんの反論、異論などを期待しております。

 「なぜ人間は戦争をするのか」その理由は、人間は戦争を憎むと同時に戦争することが好きだからです。人間にとって戦争とは、愛憎関係、英語で言うところのラブヘイトの関係にあるのではないでしょうか。証明することができるのか、できません。ただいくつかある状況証拠みたいなものを集めてまとめると今述べたような見解に到達するのです。そこで状況証拠みたいな物とはなにか、それらを箇条書きにしてみました。

1.人間は優しい面と残酷な面を持ち合わせていることは誰でも知っています。従って人間が戦争を憎むと同時に好きであっても不思議ではありません。

2.人間以外の動物から見れば、人間は実に残酷な測り知れない闘争心を持っています。だから地球上の覇者になれた。動物、特に肉食動物が相手を殺すのは、食べるためです。
すなわち生きるために殺すのです。それ以外に相手を殺すことは、防衛本能以外ありません。

人間は食べるために動物を殺しますが、食べるために人間を殺すことはほとんどありません。しかし人間は空腹でなくとも人間を殺します。物欲、征服欲、名誉欲などで人間を殺します。殺すことが好きでないとできません。

3.大東亜戦争の悲惨さは戦後どれほど強調されているかはかりしれません。しかし戦争の悲惨さは、大東亜戦争だけではありません。人類が地球上に誕生して以来到底数えきれないほどの戦争の悲惨さを体験してきました。それでも戦争を続けているのです。
大酒飲みが酒を憎みながら飲むような気がします。

4.戦争映画、やくざ映画、マフィア映画、時代劇、西部劇といった活劇物映画製作者には、世界共通の一つの特徴があります。人間と人間との殺し合いの場面を映画のやまばにすることです。そして視聴者は、スクリーン上で人と人が殺し合いする場面を夢中になって見るのです。もし人間が心底戦争をきらっているのなら、人と人が殺しあう残酷な場面を夢中になって見るわけがないと思うのですが、どうでしょうか。普段平和主義者面して、憲法改正反対、自衛隊海外派遣反対などと唱えて人でも夢中になって見るのです。

それではなぜ人々は夢中になって見るのでしょうか。
私の推測では、普段の生活では全く意識することのない太古の昔からの人間にある旺盛な闘争心の遺伝子、今はやりの言葉でいえば闘争心のDNAが、闘争シーンを見ることによって無意識のうちに愛撫され、気持ちよくなり興奮するからではないでしょうか。人間ほど戦争が好き、戦うことが好きな動物は他にいません。だから活劇物映画がいつまでも流行るのではないでしょうか。

5.人間は数多くの戦争を体験することによって、人の殺し方が上手になりました。最初はヤリや弓矢など道具を使って殺していたものが、今ではほんの数秒間で何十万人も苦痛を感じさせることなく殺すことができるようになりました。これこそまさにことわざにある「好きこそ物の上手なれ」の典型的な例ではないでしょうか。

 以上上記に挙げた状況証拠みたいなものを総合判断して、人間は戦争を憎むと同時に戦争することが好きな動物であると結論づけました。この結論づけはあまりにも未熟な理論かもしれません。「人間はなぜ戦争するのか」、皆様の異論、反論をお聞かせください。

文:鈴木敏明

 <事務局から鈴木敏明さんのご紹介>

著書 『大東亜戦争はアメリカが悪い』
画像 017.bmp

   『逆境に生きた日本人』

ブログ えんだんじの歴史街道と時事海外評論
   http://endanji.blog60.fc2.com/


posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 12:56| Comment(0) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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