2009年04月27日

日本国家の『形』を求めて <第五回>

 日本国家の『形』を求めて <第五回・最終回>
      ―日本外交再生への提言

   坦々塾会員 馬渕 睦夫  防衛大学校教授
          (前ウクライナ兼モルドバ大使)

  
  伝統文化の再認識を

 日本自身もポスト・グローバリゼーションの新たな国づくりが求められている。日本の社会体制のあり方は、上述の通り倫理に支えられた社会秩序、すなわち信頼に基づく人間関係の再構築ということであろう。識者が言うように、社会における倫理は伝統文化と離れては存在し得ない以上、喫緊の課題は伝統文化を蘇らせることであろう。昨年のNHK大河ドラマ「篤姫」は登場人物の礼儀作法が一つの美を構成していた。現代にあって江戸時代と同じ作法は取り得ないが、礼儀作法という「形」は人間関係の潤滑油の機能を果たしており、現在の社会にあってもこのような機能は必要である。学校教育の現場において、女生徒に対し女言葉を使うなと教えている教師がいると聞いて、私は憤懣やる方なかった。公共の場において女子生徒たちが大声で男言葉で話している光景に出会って聞き苦しい思いをするのは私のみであるまい。これら「形」の美しさの喪失は(経済成長と共になし崩し的に失われた面もあったが、意図的に喪失させようとの組織的試みが行われているとすれば、日本国家の存続にとり極めて由々しき事態であり、決して見過ごされてはならない)、日本社会における信頼関係が崩れ、人間関係が乱れている主要な原因といえよう。人間関係のありようは社会の基盤である。そこで、これからの社会にふさわしい「形」を取り戻すことから始める必要がある。上記のモルドバ外相の印象に見られるごとく、外国人の目には、弱まったとはいえ日本の秩序や人間に対する心遣いは素晴らしいものと映っている。これは日本の貴重な財産である。何よりもまず、家庭において、そして学校教育において、周りの人に対する正しい言葉遣いを教えることからやり直すべきである。

 学校教育に頼っているだけでは間に合わない。伝統文化を見直し、大切にするマインドを養い、日々各人の持ち場で実践してゆくことである。先日、米国のアカデミー賞外国作品部門で日本の「おくりびと」が最優秀賞に選ばれたニュースを報じた若いテレビキャスターが、「やっと日本の映画が世界で認められた快挙」との趣旨で語っていたが、私は大いに違和感を禁じ得なかった。言うべきは、「やっと世界が日本の文化のよさに気づいた」であろう。キャスター本人は無意識にしゃべっていたのであろうが、欧米中心の価値観に蝕まれていて日本の文化に対する誇りと自信が欠けていることにすら気づいていない様を見て、暗澹たる気持ちにさせられた。日本が今後未曾有の経済危機に対処する上で、結局最後は伝統文化の知恵に頼らざるを得ない事態がくる。近い将来起こり得るべき日本国家の命運がかかった選択にあたって、動ずることなく正しい施策を断行できるよう、政治家、官僚、オピニオンリーダーの面々には、日本の伝統文化という眼力を常日頃から磨いておいてもらいたいものである。

   日本の使命 

 およそ個人の人生に使命があるごとく、国家にもまたそれぞれ使命がある。日本国の使命は何であるか。それはダーウィンの自然淘汰の進化論に代わる「共生的進化論」に基づく世界の建設に主導的役割を果たすことである。日本が世界に貢献できるとすれば、まさにこのような価値観である。ポスト・グローバリゼーションの世界は分かち合いの世界であり、慈愛の世界でなくてはならない。なぜなら、「すべての命が共に働き、共に変化し、共に進化し、互いに同調しながら響き合っている」(ハンガリー生まれの哲学者にして物理学者のアービン・ラズロー)からである。だからこそ、分かち合いは地球環境に優しく、資源は最適に人類に分配されるのである。中曽根外務大臣は国会での外交演説(1月)や金沢での講演(3月)において、日本外交の目指すところとして、他国から信頼され尊敬される日本、および国民が誇りを持てる国づくりの重要性を強調した。日本としては戦後のODA政策を支えた国家平等の精神を、今後、共生的進化論の思想の下、より明示的に世界に臆することなく発信し、かかる国際社会の実現へ向け能動的に働きかけてゆくべきである。それが他国から信頼され尊敬されるとともに自らの国に誇りを持てる日本国家のあり得るべき「形」であり、日本外交の再生たるゆえんである。

           (おわり)
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 13:23| Comment(0) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月26日

日本国家の『形』を求めて <第四回>

  日本国家の『形』を求めて <第四回>
     ―日本外交再生への提言

   坦々塾会員 馬渕 睦夫  防衛大学校教授
          (前ウクライナ兼モルドバ大使)

  共生的進化論の価値観 
 

 そこで思い出すのは、2005年2月に経済同友会が提言した、共進化の考え方である。同友会の報告書によれば、日本の世界における使命として、日本のソフトパワーを活用して「共進化(相互進化)」の実現を目指すとするものである。「共進化」とは「お互いがお互いに磨きをかけて生成発展し進化する」ことであるとされている。共進化の価値観は、一神教や対立観に基づくものではなく、自然との共生や多様な価値観を包含する日本およびアジアの人々が共有する共生の思想をさらに発展させたものであると報告書で解説されている。しかし、地球上の生物は共生の生態系の枠組みの中で互いの働きかけによって進化を遂げてきたわけであるから、共生の思想を「さらに発展させ」、「共進化」なる概念を新たにつくる必要は必ずしもなく、共生は静的ではなく生物の進化をもたらす動的な概念であると解釈してよいと思われる。よって、私は「共生的進化」という言葉を使用する。この共生的進化の発想はダーウィンの自然淘汰(弱肉強食)による進化論を否定する新たな進化論であり、競争市場主義や市場万能主義に対する極めて説得力のあるアンチテーゼである。人間の進歩にとって競争は必要であるが、それは決して相手を破壊するものであってはならない。一神教文明の危険は実にこの点にある。自然ですら破壊の対象になり、正義の名の下に相手を徹底的に破壊し尽してしまうことすらある。これに対し、日本文明の伝統的な力は、破壊する力ではなくつくり変える力である、と喝破したのは芥川龍之介であるが共生的進化の神髄は相互作用によりお互いをつくり変えながら進化してゆくことであるとも言えよう。とすれば、共生的進化論の価値観は日本の伝統的価値観とぴたり一致している。それゆえ、「弧」の諸国が自由と民主主義に基づき繁栄を達成するのを支援するとの「自由と繁栄の弧」外交にいう「自由」も「民主主義」もまた「繁栄」も各々新たな意義づけが施される必要がある。すなわち自由は経済的自由を含むが倫理的裏づけのある自由であり、民主主義は単に複数政党制等の制度の樹立をもって足るのではなく、分かち合いの精神と惻隠の情といったマインドが伴わなければならない。繁栄は、当然のことながら物質的経済成長だけでなく、生活の充実感や幸福感といった精神的な満足度により重点が置かれるであろう。

 要するに、「弧」の諸国に対し「エスコート・ランナー」として貢献するとの哲学は、これら諸国との共生的進化を目指すものである。「弧」外交はこのような諸点をより明確に認識し、具体的な相互作用、働きかけの施策をもって実践してゆく必要がある。昨年8月グルジア・ロシア紛争が発生したが、これへの対処ぶりは「弧」外交の真価が問われていると言える。武力衝突の直接の原因が何であれ「弧」の中にあって地政学的に極めて重要な位置を占め、またGUAMのメンバーであるグルジアの領土保全のために、欧米と協力しつつ日本の積極的貢献が期待される。仮にロシアが嫌がることは避けることを念頭に置いた事なかれ主義的な対応を行えば、グルジアの失望を招くだけではない。果たしてロシアはこのような日本を国連安保理常任理事国候補としてまじめに取り扱ってくれるであろうか。日本が「弧」外交を公にした後行われたラブロフ・ロシア外相と谷内外務事務次官(当時)との会談は、表敬の性格を超え予定時間をオーバーして「弧」を含む種々の外交課題に関し率直な意見交換が行われたと聞いている。私は「弧」外交イニシアチブのお陰で、ロシアは日本に一目置くようになったのではないかと楽観的に推察している。「弧」は旧ソ連邦構成国等ロシアがいわば勢力圏と見なしている地域も含まれていることから、ロシアとしてはにわかに歓迎できる政策ではなかったと思われるが、それゆえにこそ、日本がこの政策を強く推進しようとの毅然たる態度を示したことに関心を持ち、日本の外交当局との協議に利益を見出したのである。ロシアといかに向き合うかについて、私はウクライナ人から何度も聞かされたことがある。ロシアに対するには無用に挑発したり、刺激することは避けなければならないが、常にタフでなければならない、タフであって初めてロシア人は話し合いの土俵に乗ってくる、そこからすべてすべては始まるのであってタフでなければロシア人はまじめに相手にしない、というものである。何百年にわたりロシアとの共存を強制されてきたウクライナ人は肌身にしみてロシア人のロジックを知っている。日本の対ロシア外交にあたって、大変参考になる見解だと思う。日本がロシアに対しタフであることはロシアを嫌っていることを意味しない。むしろ、ロシアと対等の立場に立つことであり、その意味でロシアに然るべく敬意を表する姿勢と言える。

 「弧」外交の背景には、日本のODAは南南協力により始まったという歴史がある。日本がコロンボ・プランに参加して技術協力を開始し、インドを嚆矢として円借款を供与し始めた1950年代は、日本は世銀から借款を受けている時期であった。日本は当時まだまだ貧しかったにもかかわらず、アジアの一員としてアジア諸国に対する援助を開始した。この経験により、日本は援助の受け手たる発展途上国の苦しみを肌に感じることができたのである。

        (つづく)
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 08:26| Comment(1) | ゲストエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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