2012年05月03日

『日米開戦の悲劇』濱田 實


『日米開戦の悲劇』

・・ジョセフ・グルーと軍国日本・・(福井雄三著・PHP研究所・1600円)を読んで  240503

日米開戦の悲劇 福井雄三.jpg


     坦々塾会員 濱田 實

ご縁があって名著と巡りあった(私が選ぶ今年のベストワン)。この本は史実をもとにまとめた実に客観的な内容である。日米戦争の本はゴマンとあるが、それらをうまく総括してくれた本というべきだろう。帯に“渡部昇一氏 絶賛!!”とあるが、読んでみて、それは渡部氏の本心であることを私なりに深く確信した。自信をもって必読の書としてお勧めできる。

グルーは1932〜42年まで駐日大使を務めたアメリカ人。この期間は5.11事件から日本の国際連盟脱退、2.26事件、シナ事変、そして対米戦争突入というまさに怒涛の歴史でもあった。日米戦争は共に死活をかけて戦った戦争である。
結論からいえば、彼には、当初、白人ゆえのアジア人に対する偏見もあったと思うが、実は実直な性格で、理性と礼儀と節度を重んじる外交官であったことが、日本にとってまことに幸いであった。終戦時には原爆投下という不幸もあったが、何とかそれを防ごうと裏で努力したのもグルーであった。ところが、今もってそのことを多くの日本人は知らない。

彼の夫人も、グルーに共通して自身の身体的障害をもっていた。故に夫妻は共に似通った精神体質、価値観を持つ一個の律儀な人間であった。そして10年に渡る日本での生活を通して、共に親日的なアメリカ人となり、陰ながら日米友好に貢献した。

彼の孤軍奮闘の内容は本をお読みいただくとして、自分なりに頭の整理も含めてポイントを紹介する。
@ 戦略的、戦術的な大失敗を誘導したのは、海軍であり、殊に山本五十六の責任は極刑以上に値する。海軍の情報隠し、正直でない体質が、戦争突入を早め、かつ終戦のタイミングを遅らせ、ついには原爆投下を導いたともいえる。
戦争はやむを得ず突入することも多々あるが、基本的には「負ける戦争はしてはならない」 本書は様々な戦闘事例を示しているが、度重なる海軍の虚言報道が、戦争末期における陸軍の作戦をも大きく狂わせたとある。レイテ島における、栗田艦隊に見捨てられた日本軍(陸軍)兵士の全員餓死も悲惨である。ルソン島守備隊も為す術もなく、全滅した。
「・・・上官のもとに、どれだけ多くの有能で立派な海軍軍人たちが犬死にをしていったことか、その無念さは想像にあまりある。無念の死を遂げた多くの帝国海軍軍人たちよ、安らかに眠れ。海の勇士たちに栄えあれ」(福井雄三)  
*山本五十六評価は福井氏にお任せするとして、昭和17年前後、山本元帥から橋本徹馬氏あての書簡があるので、紹介する。山本元帥と橋本氏との関係や、橋本氏とのグルー大使との交渉史についても、今後資料を確認し次第、紹介したい(浜田)。
「久々にて貴信拝受 其後は暫く郷里に御隠棲中なりしとか 気違相手では怪我損とでも可申か御同情に不堪候 小生海上四年全く世間と没交渉にて専ら潮の辛さを味来候へば国際関係等も如何のものかや不存候へ共 最早中立国等にかかりあい居りても間にあわざるべく斃すか斃るるかの外無之と覚悟を決めてかかるべきの秋と存じ 小生は敢て敵国恐れざるも味方方面には時々畏入らされ居候始末にて真に憂慮に不堪と感居候 折角御自愛上候 敬具 十七年十一月末   山本五十六
橋本徹馬殿」
このとき、橋本氏は戦争を防ぐべく日米交渉に努めていたのだ(グルー大使とも接触)が、憲兵隊に拘引留置されていた。山本元帥の書簡は遠まわしに、軍部主戦派の強引なやり口を婉曲表現であるが憂慮されていることが分かる。
A グルーは10年の任期を終え、帰米後、国務省極東局長に就任、その後著書『滞日十年』
が出版された。この本と、彼の二年余りにわたる東奔西走による全米での遊説活動は、アメリカ人の乏しい対日知識に基づく我が国への誤解を解くうえで大きな貢献をした。
B 日本と死闘を繰り返したアメリカ人は、日本軍の勇敢果敢な戦いぶりを、心底畏敬の念をもって感じ始めていた。
C 1944年12月、病気がちのハルは国務長官の座を退き、次官のステティニアスが長官となり、グルーは国務次官となった。先の出版と遊説活動に続く、終戦処理に向けた8ヵ月にわたる、彼にとって第二の総決算、大活躍が始まった。
D ルーズベルトは大統領選挙で、史上、前代未聞の四選を果たし、四期目の任務に就いたところであったが、彼は日本を心底から軽蔑していた。彼の人種差別は最たるものだったが、日本民族をしてこう言い放った。「日本人は頭蓋骨の形状が欧米人と異なる劣等民族であり、彼等が世界を征服するなどという暴挙を企てるのは、このような劣等遺伝子のなさしめるわざである」・・と。彼のこういう偏見は、彼の先祖が奴隷商人であったこともあり、偏見と差別意識が骨の髄まで染み込んでいた。
E ルーズベルトの跡を引き継いだトルーマンは、政治家としてズブの素人であった。権謀術数においては、ルーズベルトの巨大さにはるかに劣っていた。それは、ルーズベルトの強硬路線から宥和路線に変わる可能性も芽生えてきたことをも表していた。
F グルーは、国務省の中で、これは大きなチャンスともみていた。トルーマンによる対日講和条件に天皇制存続をほのめかす文言を織り込むよう、トルーマンを説得した。陸軍長官スチムソンもこれに同意した。スチムソンは知日派であり、戦前の日本をこよなく愛していた。アメリカ空軍による京都爆撃計画に体を張って阻止したのも、スチムソンであった。だがこの計画も、マーシャル参謀総長が「まだ時期尚早」として反対したため、グルーの企ては失敗に終わった。
G このとき、アメリカ軍部は、原爆実験が成功し次第、間髪を入れずに、日本に投下すべくひそかに決意していた。アメリカは、この恐ろしい誘惑に勝てなかった。日本に投下しないと永久に原爆投下のチャンスは失われてしまうと考えていた。悪魔のささやきはトルーマンも周辺をも魅了する力があった。
H グルーの最後に残されたチャンスは、ポツダム宣言に賭けることであった。この宣言に天皇制存続を暗示する文言を入れることさえできれば、日本は面子を失うことなく降伏することができると考えた。間一髪のところで、ソ連参戦と原爆投下を阻止することができるだろうとも考えた。スチムソンもグルーの考えを支持し、トルーマンにその宣言草案を提出した。
I 残念なことは、ここでどんでん返しが起こったことである。
7月3日、親シナ派ノバーンズが新しく国務長官に就任した。これで一気に流れが変わり、国務省内では対日強硬派が頭をもたげ、グルーの最後の努力もここに潰える結果となった(こういう、どんでん返しも、歴史は“宿命”を抜きにして考えられないと言われる所以である)。
J 7月3日、米・英・支三国の名で対日降伏勧告、ポツダム宣言が発せられた。宣言にはグルーが目論んだ天皇制存続を仄めかす文言は削除されていた。文言を削除したのは、原爆を日本に投下するためにアメリカが仕組んだ「罠」だった。鈴木貫太郎首相の「ポツダム宣言を“黙殺”する」という公式声明中の“黙殺”は、英語の“拒否”と翻訳され、原爆投下の口実に使われてしまった。日本はアメリカ側の「罠」にまんまと嵌ってしまった(too late が如何なる結果をもたらすかの教訓がここにもある)。
K その後、長崎にも原爆が投下された。ここにきて日本政府は8月10日の御前会議でポツダム宣言受諾が決定した。日本はこの段階においても回答のなかで、ひとつの条件として「天皇の国家統治の大権を変更しない、という了解のもとにポツダム宣言を受諾する」というものだった。
L この段階においても天皇制存続にこだわった日本。これが日本にとって妥協できるギリギリの最後の一線であった。もしこれが拒否されれば、民族が滅亡するのを覚悟のうえで本土決戦を行うしかなかった。日本政府にとっても、実につらい回答であったことを、
我々はよく認識する必要がある(皇室に関わる問題を安直に語れない背景がここに在るのではないか。ときに皇室に対する慎重意見が出るのも、奈辺に在るものと思う)。

<ここで、閑話休題>
民主的と伝統との鬩ぎ合いであるが、この議論はあくまで根本的な「國体論」の中でこそ語られるものと思う。岡田さんの「天皇はじめ皇族の方々に、最高の人格を求めることは間違いであると思っております。更に皇室は、所謂“開かれ”てはならないものとも思って おります。天皇はじめ皇族方の地位と人格が一致するにこしたことはありませんが、それ以前に『人間である』ということを考えねばならないと思い、傅育官や 教育掛(東宮御教育常時参与)、宮内庁長官、侍従職等々にそれ相当の『人物』が配置され、お仕えしているかどうかがカギとなると思います」はその通りであり、“それゆえ”慎重を期すべきものともいえます。なぜならば、その時代、時代で必ずしも、それ相当の人物が選ばれるかという保証もないし、また時代の雰囲気、時代相当の不出来の人物が選ばれることもあるからです(今の時代を見ればお分かりでしょう)。
昭和天皇における御裁断の御苦しみも、まさにこの鬩ぎ合いのなかにありました。先日、大東亜戦争に関するある勉強会で、隣席の方が「戦前という時代、当時の平和は“戦争の合間の”平和だった。しかし戦後は平和のなかの戦争だ。平和も戦争も、戦前と戦後を同列に論じることはできない」と発言されていたが、昭和天皇はそういう時代の環境に置かれていたことを、我々はかたときも忘れてはならない。戦後我々の安直発言はすべて戦後言語空間のなかでの安全圏での発言であることに思いを致さねばならない。
M スチムソンは、この機に及んでも、なお天皇制の要求を貫き通している日本の姿に、心底感動していた。彼はそこに武士道の究極の姿を見たのである。ここまで覚悟をしている日本に対して、これ以上の殺戮を行う必要がどこにあるか・・・と。だが対日強硬派のバーンズ国務長官は、それを否定するかのような発言をしたが、トルーマンはフォレスタル海軍長官の次の意見に同意したという。・・・「天皇性護持という日本の最後の要求を受入れる含みで、しかもポツダム宣言の内容が確実に達成されるような降伏条件を、日本に示すべきだ」
アメリカの最終回答はこういうものであった。
「戦後の日本国の政治形態は、日本国民の自由に表明された意思によって決定されるべきものとする」
天皇制存続に関し、明確な保証はしないが、けっして否定するものではない。ブラフを散らつかせつつ、アメリカの面子も考えての曖昧な表現ではあったが、天皇制存続の暗黙の了解であった。これがもし、アメリカ側の一方的な強硬意見で天皇制存続を拒否するものであったなら、果たしてその後の歴史はどう展開したであろうか? 日本は消滅していたのではなかったか。
 終戦交渉は、まさに綱渡りの交渉であった。それが何とかアメリカをして、思い止まらせたものは、硫黄島の、あるいは沖縄戦における日本軍の、最後の奮戦が敵の心胆を寒からしめ、それがアメリカ側から譲歩を引き寄せたからである。
戦争とは、愚かさと賢さ、誠・・などが相交錯するなかで戦われる戦闘である。その勇気や美談には称えられるものも多々あるが、だからといって、戦争は厖大な悲惨、犠牲を考えたとき、決して手放しで称えるものでもない。しかし、防衛戦争は在るか、問えば、確かに在るということは言える。

グルーは戦後、連日の過労がたたり、端正なマスクの面影も消え、外交からも身を引いて読書三昧の日々を送った。愛した日本の土を二度と踏むことはなかった。彼はベストセラーとなった自著『滞日十年』の印税をすべて国際基督教大学の設立資金として寄付している。
1959年、妻アリスが亡くなった。心やさしき彼女は、広島原爆投下の報を聞くや、シックで失神し、数日間 寝込んだという。
N この二人が、最後の最後、日本の消滅を救ったともいえる。彼等の共通項は冒頭にも触れたが、人間としての謙虚さであり、誠の精神であった。これを小さなことと言うなかれ。天職の意識をもって生きる人間の行動は、大事な局面で、生きるということである。政治の舞台ともなれば、悪魔のささやきでさえも覆すこともできる。それが100%といわないまでも、大きな影響を与えることができるのである。
O 20世紀という時代は、戦争の常態化という修羅場であり、白人至上主義や人種差別が横行する百鬼夜行の時代でもあった。その時代にあって、まさに粉骨砕身働き、努力する愚直な人間が居て、究極の破壊から免れるということが現実に在った。それは利害得失を超えた行為であった。アメリカには、ルーズベルトという恐ろしい悪玉も居たが、グルーのように高潔な人物、あるいは東京軍事裁判で見事な日本擁護の弁論をしたローガン弁護人、ファーネス弁護人のように、敵国日本を裁く軍事法廷においても、法の公正を堂々と訴えることのできる第一級の人物が居たのもアメリカという国家であった。
アメリカという国は、昔も今も一色で見ることは危険であるが、日本人は、そう見る人が今でもけっこう多い。
P もちろん偉い人物は日本にも多々居るが、こういう偉大な人物をどうやって世に輩出させるかが、今この日本で、まさに問われているのではないだろうか。
仄聞する教科書の著作権侵害問題で、不正行為に対して無視を決め込むような、あるいはその事実を知りながら支援の姿勢を崩さない関係者には、こういう高潔な人物を育成できる資格も能力もないものと考える次第です。
Q これほど戦争は悲惨であったが、それでも、今日の価値観で過去の歴史を裁いてはならない。あくまでも過去に生きた人々の視点に立ち、その状況にわが身をおいてその時代を洞察しなければならない。我が国の、日米戦争をきちんと総括をしてこなかったツケが、いまいろいろなかたちで現れて、オタオタしている。・・・これが福井氏の訴えたいポイントでもある。

<最後に>
  過般の戦争は、愚かではあったが、敵味方とも、ここから大きな教訓を学び取らねばならない。世の中には因果応報というものもある。如何に真因を誤魔化したとしても、いつしか、何らかのかたちで清算や、歴史の復讐が行われる。それが世の中というものだ。考えてみれば、歴史を学ぶということは、人間の愚かな行動を客観的に分析、吟味し、右に左にと揺れるなか(闘争、戦争の繰り返し)で、とつおいつ、本来のすがたに向かう人類の足跡を明確にしようとする営みではないだろうか。

また繰り返すが、皇室関連の発言は、こういう歴史の綱渡り的背景とその重みを十分踏まえて行うべきものと思う。自信がないときは、それこそ“いい意味での沈黙”を保つべきと考える。

福井雄三氏の本著はこの意味で、日米戦争におけるひとつの総括版(のひとつ)である。皆様にも御一読をお勧めします。皆さまなりに総括してください。

橋本徹馬氏の日米交渉秘話も、シリーズで発信します。いまその本が神隠しにあっています。
以上
posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 20:09| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月25日

第三回西尾幹二先生刊行記念講演会



  
     第三回西尾幹二先生刊行記念講演会

「真贋ということ―小林秀雄・福田恆存・三島由紀夫をめぐって―」


          開催のお知らせ

〈西尾幹二全集〉

 第2巻 『悲劇人の姿勢』刊行を記念して、講演会を下記の通り開催致します。

ぜひお誘いあわせの上、ご参加ください。

   ★西尾幹二先生講演会★

【演題】「真贋ということ
 ―小林秀雄・福田恆存・三島由紀夫をめぐって―」

【日時】  2012年5月26日(土曜日)

  開場: 18:00 開演 18:30
    
【場所】 星陵会館ホール

【入場料】 1,000円

※予約なしでもご入場頂けます。


★講演会終演後、名刺交換会がございます。

【場所】 一階 会議室

※ お問い合わせは下記までお願いします。

・国書刊行会 営業部 

   TEL:03-5970-7421 FAX:03-5970-7427
   
   E-mail: sales@kokusho.co.jp

・坦々塾事務局   

   FAX:03−3684−7243

   tanntannjyuku@mail.goo.ne.jp


星陵会館へのアクセス
〒100-0014 東京都千代田区永田町2-16-2
TEL 03(3581)5650 FAX 03(3581)1960

SE_map4.jpg



posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 23:41| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月13日

『政治とはなにか』吉田圭介


   新刊のご紹介   

 坦々塾会員 吉田圭介

坦々塾会員、岩田温氏の新刊を紹介させて頂きます。

『政治とはなにか』(株式会社総和社刊)です。

政治とはなにか.bmp

  
 西尾先生の言論を追い、坦々塾に足を運ばれる皆様ならば、「一体、保守とは何を守るのか」「保守主義とは如何なる政治思想なのか」という、根源的疑問を感じたことの無い方はいらっしゃらないでしょう。

 殊に、保守政権の大本命と言われた安倍政権がいとも簡単に瓦解し、世界的にはとうに敗者となったはずの左派勢力が政権の座に着き、米国との付き合い方、中国との付き合い方、皇室の在り方、さらには原発から韓流に至るまで、論壇も世論も政界も百家争鳴・四分五裂といった観のある現在、その懐疑の心は益々深まるのではないでしょうか。

 我々は何故、祖国や歴史について憂い、悩むのか。
 何のために保守・保守主義について思い、考えるのか。
 筆者である岩田氏はその懐疑心に対し、古今のあらゆる言説を引用しつつ、しかも学者の文章にありがちな冗長さや晦渋さを排して、丁寧かつ明快に、真正面から解答を提示します。

 また、その解答を導き出すにあたっては、安倍晋三と野中広務を比較検証し、市場原理主義への抵抗例として昭和維新運動を考察し、日本国憲法の異質性をレーニンの論理を用いて分析する...といった、従来の発想に捕らわれない、大胆かつ自由な、それでいて完璧な説得力を持った論考を展開します。

 さらに、橋下大阪知事やホリエモン、あるいは丸山真男や宮澤俊義、司馬遼太郎や浅田彰といった現代日本の”権威”に対しても一切怯むことなく、その弱点や背信性を明確な論拠をもって指摘し、保守主義の正当性を戦闘的に論証していきます。

 その筆致の明朗さは、彼のキャラクター(御存知の方も多いと思います(笑))に因るところも大きいとは思いますが、何と言っても広汎な読書量、膨大な学習量に裏打ちされた確信に由来するものでしょう。
彼はまだ若いのですが、それは思考の厚みには関係なく、むしろ若い力強さが彼の思索を一層深遠かつ緻密なものにしていると言えるかも知れません。

 保守が何を守るのかさえ見出し難い今、弱冠二十代の気鋭の青年政治学者が、渾身の思索と研究の末に導き出した答えがここに在ります。
 是非、御一読ください。




posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 06:07| Comment(5) | 新刊のご紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月24日

西尾先生全集刊行記念講演会 5月26日


  
     第三回西尾幹二先生刊行記念講演会

「真贋ということ―小林秀雄・福田恆存・三島由紀夫をめぐって―」


          開催のお知らせ

〈西尾幹二全集〉

 第2巻 『悲劇人の姿勢』刊行を記念して、講演会を下記の通り開催致します。

ぜひお誘いあわせの上、ご参加ください。

   ★西尾幹二先生講演会★

【演題】「真贋ということ
 ―小林秀雄・福田恆存・三島由紀夫をめぐって―」

【日時】  2012年5月26日(土曜日)

  開場: 18:00 開演 18:30
    
【場所】 星陵会館ホール

【入場料】 1,000円

※予約なしでもご入場頂けます。


★講演会終演後、名刺交換会がございます。

【場所】 一階 会議室

※ お問い合わせは下記までお願いします。

・国書刊行会 営業部 

   TEL:03-5970-7421 FAX:03-5970-7427

   E-mail:sales@kokusho.co.jp

・坦々塾事務局   

   FAX:03−3684−7243

   tanntannjyuku@mail.goo.ne.jp


星陵会館へのアクセス
〒100-0014 東京都千代田区永田町2-16-2
TEL 03(3581)5650 FAX 03(3581)1960

SE_map4.jpg



posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 16:12| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月07日

天皇と原爆感想文 浅野正美

  『天皇と原爆』 感想文

     坦々塾会員 浅野 正美


 西尾先生が常々おっしゃっておられることに、「日本人はどうしてアメリカと勝てるはずのない無謀な戦争をしたのかということをずっと考えてきたが、どうしてアメリカは日本と戦争をしたのかを考えなくてはならない。」という問題があります。本書はその真意を、遠い歴史を遡って突き詰めています。

日本とアメリカを、「二つの神の国」と捉えるところから思索は始まります。日本の神はいうまでもなく天皇を頂点とした神道の神。我が国は古くから八百万の神々が鎮まり給う神の国です。一方アメリカは、初期移民のピューリタン(清教徒)によるプロテスタントを土台としたキリスト教信仰が社会を強く支配しています。アメリカは、キリスト教原理主義国家でもあります。手元に西尾先生からいただいた大変興味深い資料があります。それは世界60カ国の価値観をアンケートして割合を示したものですが、宗教に関するいくつかの設問の日米比較を見ると、アメリカが紛れもない宗教国家だということが大変よくわかります。
(最初の数字が日本で後の数字がアメリカ。単位は%)

天国の存在を信じるか   22/85
神の存在を信じるか     35/94
死後の世界を信じるか   32/76
地獄はあると思うか     17/72

 不謹慎なことですが、最初にこの数字を見たときは思わず吹き出してしまいました。

 正確な名前は忘れてしまいましたが、アメリカには「聖書博物館」のようなものがあり、そこではアダムとイブから始まって、聖書に書かれたいくつかの重要なトピックスをジオラマ形式で展示していて、熱心な信者達が車で何時間もかけて家族で見に来るそうです。ここでは、近々ノアの方舟の実物大?模型を造ると意気込んでいました。その施設を見学していたアメリカ人家族にインタビューすると、学校では嘘を教えるので、子供を学校に通わせないで家で教育しているとその両親は話していました。そうした子供が全米では100万人にものぼるということですから、これには驚きというよりも恐怖すら感じます。

 天地創造、処女懐胎、ノアの方舟、十戒の焼付、出エジプト、復活。門外漢の私でも辛うじてこのくらいの「奇跡」は思いつきますが、これらを現代科学の知見で証明できないことは明らかです。進化論問題という、日本人から見たらばかばかしいとしか思えない論争を真剣に行っている欧米キリスト教国家ですが、西尾先生は聖書もキリストも神話であると、実に明快に言い切っておられます。別の著書では、ああした存在としてのキリストは存在しなかった、とも明言しておられます。

 また、日本人はよく無宗教だといわれるが、決して無宗教ではない。無宗教の国民に天皇は戴けないともおっしゃっています。そしてその天皇を中心とする国学の思想が近代的国家意志と結びついたときに明治の開国を向かえます。思想としての国学は、江戸の中期には沸き起こっていましたが、最初は小川のような細い流れであった国学は、いくつもの支流を呼び込み合流することで巨大な一本の大河となりました。明治とはそうした皇国史観に対して疑うことを不必要とした時代でした。明治の自覚の元、国学は奔流となって大東亜戦争の敗戦にいたるまで、我が国の精神的支柱であり続けました。

 そうした「二つの神の国」の戦いが、先の大東亜戦争であった。そこから冒頭のテーマである、「なぜアメリカは日本と戦ったのか」という問題解明に進みます。そうして、それはキリスト教が伝える西方にあるとされる、約束の地への飽くなき進軍であったと書かれいます。アメリカの国土拡張史を大雑把に列挙してみます。ルイジアナ買収(仏)、フロリダ購入(西)テキサス・オレゴン併合、対メキシコ戦争でメキシコ北部、カルフォルニア収奪、(ここで太平洋に到達)アラスカ買収(露)、ハワイ併合、プエルトリコ・フィリピン・グアム植民地化、と確かに西へ西へと領土を拡大していきました。

 日露戦争後のアメリカは、我が国を仮想敵国として「オレンジ計画」という対日戦争計画を練っていたことはあまりにも有名ですが、清の門戸開放等三原則が示すとおり、太平洋に進出したアメリカは次はユーラシア大陸の権益を虎視眈々とねらっていました。満州建国によって彼の地への権益獲得ができなくなったアメリカは、真剣に日本の排除を考えました。我が国は、領土を奪われたインディアンや、簡単にアメリカの植民地にされた諸国とは違い、総力戦をもってアメリカと戦いました。このとき「二つの神の国」が相まみえたことは歴史の必然といっていいのかも知れません。アメリカの理想を実現するためには、どうしても日本を排除する必要があったからです。その後の歴史はアメリカが望んだ通りに進んだかに見えましたが、大東亜戦争を含む世界大戦における共産主義に対する誤った認識が大戦後の世界と、もちろんアメリカ自身にも大きなコストと悲劇をもたらすことになりました。

 アメリカは共産主義という本当の敵に気がつかず、うまくそれを利用したかに見えながら、実は戦後の長きにわたって、勝ち戦の何倍にもわたる犠牲を払うことになってしまったのです。

 以降のアメリカはさらに西に向かって、アフガニスタン、イラク、イランといった中東で実りのない絶望的な戦争に明け暮れています。信仰への熱狂ということでは、イスラムもまたアメリカ人以上に熱心です。しかも神の根っこが同根であるだけに憎悪もまたより深くなるのでしょうか。

 私にはキリスト教もイスラム教もユダヤ教の分派にしか見えません。唯一神「ヤハウェー」と「アラー」は同一であり、キリストはそもそもいなかったと、そう考えることにしています。

 魔女狩り、錬金術の例を持ち出すまでもなく、人間の脳は時にとんでもない暗黒の存在を考え出してしまいます。これを心の闇といっていいものかどうかはわかりませんが、人類が考え出した最大の闇の存在こそが宗教ではなかったかと、そんなことも考えています。人は不安を感じる生物ですが、その不安を解消するために多くの発明、発見を行って生活を快適にし、寿命を延ばしてきました。そしてきちんとした教育こそが、こういった迷信や世迷い言から人間を解放する唯一の道であるということも信じています。にも関わらず多くの国民が高等教育を受ける先進国においても未だに多くの迷信が信じられています。星座占い、姓名判断、手相、風水、血液型などは無邪気な遊びであり、目くじらを立てるほどのものでもないという人もあるかと思います。神社のおみくじのようなものだと。しかし、こうした無邪気な遊びも、今では一大産業を形成しており、こうした心を持つからこそ、人間はたやすく宗教を受け容れてしまうのではないかとも考えることがあります




posted by 坦々塾事務局大石朋子 at 18:56| Comment(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする